2008年7月7日月曜日

代行返上(小学館文庫)

著者名:幸田真音 出版社:小学館 発行年度:2005年
評価☆☆☆
 年金問題の予兆をすでに2005年段階でこの本は予言している。厚生年金基金の解散が一時集中した時期があったが,社会保険庁の記録と厚生年金基金の記録が食い違ったり,ひどい場合には被保険者の性別までもがいい加減に入力されていて,年金担当者が憤懣やるかたなく「間違っているのは国のほうなのに,間違っている記録にあわせないと許可がおりない…」と嘆くシーンが描写されている。
 遠い先の話であるためにどうしても年金問題については「面倒だ」と思いがちだが,この本では会話の端々に「PBOとは…年金の仕組みとは…」と解説が入っているので,一種の入門書としても使える。エンターテイメントとしても面白いので経済小説のファンのみならず,エンターテイメントのファンの方にもお勧めだ。年金の構図は俗に2段階,3段階とされているが,この小説で重視しているのはとくに3段階構成となる企業年金の話。退職一時金などの変わりに企業年金を支給しようとする場合には,国の厚生年金に加えて企業年金の運用・管理をする厚生年金基金という団体を設立。この厚生年金基金という団体が企業年金の管理をするとともに,2階建て部分の厚生年金の一部も国に代わって管理して給付まで行う。この2階建て部分の本来国がやるべき業務を厚生年金基金が「代行」することを代行業務という。ただし,退職給付会計が導入されると,積み立て不足は退職給付債務として(実際には退職給付引当金として)貸借対照表に計上しなければならない。もともと退職給付会計はかなり不安定なものだから,リスク(変動)をきらう会社としては代行部分も含めて国に返上し,厚生年金基金そのものも解散することが多くなった。代行業務を返上する場合には,株式を売却して現金納付が原則となる(物納もありうるが)。そうした場合株式市場に売りが多くなり日本の株価が下がる…それははたして国益にかなうことなのか…といった問題提起がこの本でなされている。年金記録の加入記録が手作業入力でデータの信頼性にかなり疑問があることも2005年文庫本ですでに指摘されている,他。確定拠出年金(ポータブルで運用は社員そのものが行う年金)も運用がうまくいかず社員にとってはマイナスが多いということも指摘されている。年金の「今」は社会保険庁が解体されて,民間組織に準じた組織に移行することになっているが,根本的な解決策はいまだ見えておらず,この本で指摘された内容は2008年現在もなお未解決のままだ。日経平均株価の動きなど経済情勢は必ずしも予測どおりには動いていないが,そうした架空の状況設定以上に「年金はだれのためにあるのか」という筆者の問題提起と豊富な金融知識が紹介される本書は今あらためて再評価されるべき経済小説だろう。

0 件のコメント: