2010年8月16日月曜日

大聖堂 中巻(ソフトバンク クリエイティブ)

著者:ケン・フォレット 出版社:ソフトバンク・クリエイティブ 発行年:2005年 本体価格:848円
 12世紀前半の英国の架空の街キングスブリッジで進行していく大聖堂の建築。うららかな幸せを予感させる上巻とは裏腹に、すでに読む前の文庫本の背に印刷してある短いストーリー紹介やこの赤をトーンにした表紙が、「地獄」への入り口を予感させる。
 スティーブン王と女帝「モード」との権力闘争は泥沼化しているが、一時は「モード」の捕虜となったスティーブン王が再び立ち上がり、国内は再び戦闘状態に陥る。歴史の教科書的に考えると十字軍によってイスラム文化圏が西欧に持ち込まれ、英国ではロジャー・ベーコンが登場。騎士道文化がもてはやされ、大聖堂といえば、ロマネスク様式が中心の建築美術がゴシック様式に移り始めるころ。主要な登場人物である建築技師トムがめざしている大聖堂もまたロマネスク様式の大聖堂のようだ。そしてこの中巻ではまだ教会が権威を保ち、学問は修道院で行われている。もう一人の主要な登場人物が羊毛をフランドル商人に継続的に売り上げて巨額の富を築き上げていくプロセスが描写されているが、「市場」がようやく形を見せ始め、教皇権が次第に衰退していくとともに、商人が大きく力を伸ばそうとしている時期でもある。十字軍もイスラム文化もこの物語ではあまり形にはでてこないが、世界史の流れのなかで、「貿易」や「取引の拡大」が意味を持ち始める時期でもあった。現に物語の中では「羊毛を来年売って、先に現金を受け取る」という先物取引の萌芽のような取引も描写されている。一種の商業ルネサンスの時代だ。また商人ギルドもしくは同職ギルドの萌芽もこの物語には描かれている。
 司教と修道士の微妙な違いもこの物語で細密に描かれている。清貧・貞潔・服従の三つの誓いを立てた修道士と、リアリティな政治にも関係をも司教のキャラクターの違いがそのまま登場人物のキャラクター設定の違いに反映してきているのが興味深い。この物語の修道士は世界最古の修道士会規則をもつベネディクト修道士会という設定になっている。
 細かいエピソードも興味深い。印刷技術の発達によりラテン語中心の書籍がフランス語中心になるのはだいたい15世紀とされているが12世紀前半のこの物語にはフランス語で書かれた本があるということに登場人物が驚く場面がある。これ、あれこれ考えていくともう上巻・中巻は一気呵成に読んでしまうが、ちょうどこの2冊で1つの世代が次の世代に移り変わってしまう。多くの登場人物の「人生」が凝縮されたこの2巻だけでも十分楽しめるが、やはりこの次の下巻をはやく1ページでも読みたい…。

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