2008年2月24日日曜日

キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか

著者名;北尾トロ 出版社;幻冬舎 出版年度;2007年
 「キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか」…普通は言えない。が、この人は言ってしまう。しかもそれ以外の「普通は言えんだろ」ということまでバンバン言ってしまう。読みながら実は途中、「引いて」しまい、「頼むから言わないで欲しい」「言わないでくれ」と拝むような気持ちになってしまうほど言いにくいことを言ってしまう。まあ、たとえば「電車で知らないオヤジに話しかけ飲みに誘う」とか「GWのお台場で孤独な男たちと人生を語り合う」とか「電車でマナーを守らぬ乗客を叱り飛ばす」とか「激マズ蕎麦屋で味の悪さを指摘する」とか目次を読み返しているだけでも冷や汗が流れてくるのだが、これを筆者一流のドキュメンタリータッチで描写してしまうのでまるで自分が本当に「味の悪さ」を飲食店で指摘したり、「電車の中」で注意するような緊張感が漂う。正直、真夜中近くの金曜日の繁華街などで「こんな時間になぜ男一人」と思うようなことはあるが、実際にその素性や理由を聞いてみようという気持ちにはならない。というよりもなれない。しかしそこをあえて北尾トロ氏は踏み込んでしまう。尊敬する「えのきどいちろう」さんが「人生のどうにも引き返せない地点」と題した解説を書かれてらっしゃるが、「そういえばもうオレもストリート・オブ・ノー・リターンなんだな…」とかふとうなづいてしまう「強引さ」もこの本にはある。えのきどさんは「瑞々しい完成」と表現されておられるが、感性というよりも勇気なんだろうなあ。だって自分が10代のときだって、電車の中で見ず知らずの他人に話しかけようとは思わなかったし。実際、えのきどさんも「中年男が長年、出さずにいた勇気を出す」と表現されているし。


 ただ正直、辛い「ルポ」の「集合体」みたいな本にあって、ほろっと「泣き」が入るようないいエピソードも混じっており(というか混じってなければ商業書籍としてはいかがなものか、という声もでてくるのではないかと思われるが)、文庫でいえば150ページあたりのエピソードや著者自身の解説と「センチメンタルジャーニー」と題した一連の中でも219ページ以降はかなり泣ける。一番寒いのが189ページあたりで、これは「人前で自作の詩を朗読する」という企画で、ご丁寧に著者が朗読したという自作の詩が1ページ全部をとって掲載されている。総ページ308ページという大企画の文庫本で、このページでのエピソードの配列はさすがに一流出版社の編集技術を感じさせる。奥付では平成18年6月10日発売で同年12月15日で4刷という売れ行きで、「いいたくないけどいわなきゃなんね」「引き返せないけど引き返していいたい」という人間の「暗黙の欲求」を現実化したノンフィクションルポの「一角」といえようか。「スキマ産業」としては、今後さらに拡大の余地がかなりありそうな分野での注目作品…。

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