2013年6月27日木曜日

犯罪者はどこに目をつけているか(新潮社)

著者:清永賢二 清永奈穂 出版社:新潮社 発行年:2012年 本体価格:700円
 著者は元警察庁犯罪予防研究室などに勤務されていた警察官。いわゆる犯罪心理学といったような理論的アプローチからではなく、犯行現場や実際の犯罪者への聞き取り調査などから犯罪の予防を考えていく手法をとる。本書が出版される理由のひとつに2000年の地方自治法改正により、地域主権の概念が強まったことがあげられている。逆に言うと防犯体制なども地方自治体に委ねられる部分が増えてきたということもでもある。
 内容としては一般市民の生活に役立つ視点やノウハウが数多く紹介されており、地域の防犯体制や生活防衛に役立つ著述が少なくない。最近ウェブなどで、下校・登校途中の生徒からの「通報」が紹介されているが、「犯罪行動は空間距離によって変化する」という著者の視点からすれば、たとえそれが「得体のしれない一言」であっても警戒すべき対象となる。元犯罪者の証言によればだいたい「標的」の半径20メートルの近隣空間が実行決定段階ということだから、「わけわからない人」が自分の20メートル以内に入ってきた段階で、要注意するべき対象ということになる。必ずしも変な人のすべてが犯罪者ではないにしても、その可能性はあるという言い回しで著者は注意を喚起する。生活防衛としては盗難などを「やりにくくする」体制を近所や自分で構築することがあげられており、それは防犯システム以外に「声かけ」やゴミだし、清潔な町並みといった「雰囲気」で醸し出すことができるという。最後に著者は「犯罪基本法」的な努力義務を定めた基本法の制定を提唱。案外まだまだ日本は防犯意識が薄い国なので、そうした基本法の制定は確かに効果があるかもしれない。都市計画というか道路の接合状態や町並みと表通りの関係なども防犯に関係してくるので、そうした基本法によって建築基準法や都市計画法といった関連法規にも防犯の意識が浸透していく可能性がある。具体的かつ実践的な内容で、特に犯罪に興味がない人にとっても読みやすく「実利」がある。

2013年6月24日月曜日

電子の標的(講談社)

著者:濱嘉之 出版社:講談社 発行年:2013年 本体価格:629円
 在韓日本大使館一等書記官の任務を完了して、新たに警視庁捜査一課に設置された特別捜査官に就任したキャリア官僚「藤江康央37歳」を主役にすえて、大手商社の跡取りの誘拐事件解決を描く。「え~、んなまさか~」というストーリーの展開だらけだが、著者はもともと警視庁警備一課、公安部公安総務課などに勤務していたれっきとして警察官。一種、「こういう捜査ができるといいな」という理想が込められているのかもしれない。公安警察と刑事警察の「しきり」をとっぱらい、さらには各種警備会社の設置した防犯カメラや内閣情報衛星センターの撮影画像、組織犯罪対策部との連携やSATとSITの協同作業‥と素人目にみても「そんなに連携とれるものだろうか」というほど、都合よく捜査が進んでいく。理想論のはざまに、元警察官らしくパチンコ産業についての文章や羽田空港警察署についての説明などどきっとするほどリアルな文章もはさまれているのが興味深い。
 さすがにこれだけの機材と組織を運用しただけのことはある「結果」になるが、少なくとも防犯カメラの分析や音声の分析のくだりはもう実用化され、もしかするとこの小説の先にまでいたっているのかもしれないという気がした。防犯カメラも犯罪がどこでどのように発生するか予測できず、さらに凶悪犯罪を防止するためにも設置はやむをえないが、遠からず、発生と同時に容疑者が特定できる時代もくるような気がする。「電子」で担保される平和というのも、複雑な思いだが、それで犯罪被害が軽減されるのであれば仕方がないことだろう。ちなみに主人公はオッサンなのに、えらくもてもての設定。キャリア官僚が現場にこだわる‥というのでは「新宿鮫」シリーズが有名だが、あまりに完璧すぎる主人公よりも、「新宿鮫」のように「陰」がある主人公のほうが、読者は感情移入できるかもしれない。

資産フライトの罠(宝島社)

著者:香港インベストメント取材班 出版社:宝島社 発行年:2012年 本体価格:743円
 一時期外貨建預金がはやった時期があったが、おもにその理由は日本の金利よりもはるかに高い金利が魅力だったのではないかと思う。円高のときに預金して円安のときに引き出せばかなりの為替差益を稼ぐことができるが、(少なくとも)日本の外貨建預金の多くは満期日におけるレートで円換算しておかないと、為替差益を確定することができない。ある意味ではかなりリスクの高い金融商品で、だったら最初から香港やマレーシアなどの海外に預金口座を作ってそこで運用し、都合のいいときに引き出すという方法だってなくはない。ただし、そうした方法にも海外に定住するという目的以外では多くの罠が存在する。この本ではアドバイザーの罠、投資ツアーの罠、ハンドキャリーのリスク(手持ちで貨幣を持ち出し、運び入れること)について解説してくれる。特に海外資産に対する国税庁の課税が詳しい。国籍離脱や海外居住者と認定されないかぎりは、海外で運用した預金にも日本国の税法が適用されるため、せっかく香港では非課税だった運用益でも国内基準では課税されてしまうというリスクだ。全体を通して読むかぎり、よっぽどの資産家でないかぎりは、海外で運用するなんてほとんど見合わない運用方法で、国内にいる場合でもこれだけ為替が変動する状況で外貨建預金や外貨FXなどは、もともと「捨て金」のつもりで運用しないと下手なギャンブルよりもリスクが高いということがわかる。「億」単位の資産家であれば、まあ、海外への資産フライトもありかもしれないが‥。某消費者金融関連の法廷闘争の判例など課税関連の判例の紹介がきわめて興味深い。

2013年6月17日月曜日

数字のカラクリを見抜け!(PHP研究所)

著者:吉本佳生 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:800円
 エクセルのグラフ作成機能(グラフウィザード)は非常に便利な機能だが、使っていると想像以上に極端な円グラフや折れ線グラフが出来上がる。実際以上に「傾向」がデザインされて打ち出されてくるので数字の実態以上に極端な結論に結びつきかねないリスクもある。この本ではエクセルのそうした機能に惑わされずに、グラフの縦軸や横軸を自分で設定して手間暇かけてグラフを作成するとともに、統計用語の定義に厳密に立脚して数字を分析していこうという「原点」が説かれる。「対数グラフ」がなぜ重要なのかも変化率の説明や見方とともに紹介されており、実践性が極めて高い。企画した商品の売れ行きや在庫予測などだいたいのビジネスパーソンはエクセルを使うことがもはや必須の時代だが、このエクセル、使い方を間違えるととんでもない結論にも結びつきかねない。特になんらかの平均や金額ベースの分析をおこなうことのリスクが丁寧に解説されており、読んだあとすぐに実行できるのが便利。縦書きの本なので数式はまったく出てこないのだが、多少は数式を出しての説明があっても良かったのかも。この本はどうも日本を代表するT自動車の研修などでもテキストとして用いられた模様。

2013年6月11日火曜日

確率論的思考(日本実業出版社)

著者:田渕直也 出版社:日本実業出版社 発行年:2009年 本体価格:1600円
 ず~っと「積ん読」だった本をようやく読了。いろいろな変化の可能性がある時代では「多様性」が大事で、意外に今の世の中は「偶然」が支配していることも多い、とする著者の考えが述べられている。自己啓発というよりも、量子論の紹介から多元的世界の解説へ、失敗の許容と開発から長期的世界観へ、と著者の金融市場を読み解くうえでの世界観があらわれていて興味深い。普通の正規分布とは異なり、株式市場ではほんのちょっとしたことが大幅な株価の上昇や下落を招くことがある。正規分布は独立事象のみを集めたときに見られる現象であって、株式市場ではそれぞれのプレイヤーが相互に影響を持っているためだが、著者はそうした「べき分布」の世界を「複雑系」の概念で読み解いていく。
 著者の略歴をみると破綻した日本長期信用銀行の出身で、その後三菱UFJ投資信託に移籍している。もともと移籍が珍しい世界ではないが、こうして実際に金融市場で生き残れてきている力量のエッセンスがこの本に記されているようだ。著者のさまざまな分野の博学さが魅力。

2013年6月10日月曜日

初歩から学ぶ金融の仕組み(左右社)

著者:岩田規久男 出版社:左右社 発行年:2010年 本体価格:1619円
 もともとは放送大学のテキストだったものを講義終了後に新たに一般書籍として再編集したもの。著者は現在学習院大学経済学部教授から日本銀行副総裁に就任された岩田規久男先生。もともとデフレの問題点と金融緩和による期待インフレ率の上昇やインフレターゲットの論客として知られていたが、この書籍ではインフレターゲットについては最低限のページしかさかれておらず、むしろマクロ経済学の基礎をがっちり固めるという色合いが強い。スワップ取引やオプション取引が脈絡なく突然講義が始まり突如終了するのが唐突だったが、これはやはり放送大学のテキストが元なので、一単元あたりの時間数とテキストの配分によるものだろう。数式は横組みで解説は縦組みだがさほど読みにくさは感じない。ただいきなりこの本で金融論を学習するよりも、やはりマクロ経済学を一通り学習してから金融論に入ったほうが学習効率は高そうだ。ISーLM曲線もでてこない金融の本だが、最近はISーLM曲線で説明する方式にも批判が一部あるようなので、これも時代か。海外部門が黒字主体か赤字主体かの説明のくだりで、これまでなぜ「輸出−輸入」ではなく「輸入−輸出」になるのか曖昧だった部分がすっきりわかるようになった(海外部門からすると日本への輸出(日本からみれば輸入)から輸入を差し引いた部分が貯蓄になるためだが、そういう視点の発想はまるでなかった。こういうのは実際の授業で耳にしておけばあまり誤解することはないのかもしれないが、書籍主体で学習していると意外に「誤解」を十何年もひきずりかねないのが独学の怖いところか。本体価格はやや高めだが、それほど部数が出る書籍とも思えず、むしろ良心的な価格設定ではないかと思う。

2013年6月6日木曜日

今日,会社が倒産した(彩図社)

著者:増田明利 出版社:彩図社 発行年:2013年 本体価格:1,200円
 えらくシンキくさいタイトルで、さらに内容もあまり明るいとはいえない。しかし中規模書店では平積みである。今日、日経平均株価が13,000円を割り込んだ。アベノミクスの三つめの柱である「成長戦略」に「サプライズ」が少なかった、中国経済の先行きに懸念があるといった理由が挙げられているが、史上希にみる金融緩和が果たして今後の実体経済の回復につながるのかどうか、株式市場の投資家が冷静に見極めようとしているのは間違いない。日本銀行の金融政策は短期金利にはきわめてダイレクトに影響を及ぼすが、長期金利市場についてはさまざまな思惑が錯綜するため、大規模な金融緩和が果たして長期金利の低下に本当につながるのかどうかは実は定かではない。というのも都市銀行や生命保険会社は国債を保有してもし国債価格が下落すると損失を出すことになる。勢い国債の購入を控える→長期金利の上昇要因となる…(ただし金融緩和そのものは長期金利の下落要因となる)。上昇要因と下落要因が錯綜してどちらの力が強いのかは正直だれにもわからない。先行き不透明であれば、だれしも投資や消費に積極的にはなれない。結局変化の時代の先行きの不透明さは、今のところ安倍内閣の金融政策と成長戦略の基本方針だけではまだ払拭されていない。
 そしてこういう16人の失業者のレポートが再び売れ行きを示すことにもなる。平成18年に入社して平成24年5月に自主廃業した会社の元社員、服飾会社に勤務していた元デザイナー、元建設会社の社員で失業期間1年目の49歳男性、情報通信関係の元社員31歳…など現在進行中の求職者の体験談をまとめたのがこの本。国家公務員は国家が債務不履行(いわゆる国家の破綻)に陥るまでは永久就職のようなものだが、それ以外は変化の時代に先行き不透明なのは、金融をどれだけ緩和してもあまり変わるところがない。「不確実性」をどれだけ排除できるか、がポイントでマネーストックの量を拡大しても、それが原因で債券市場や株式市場が乱高下するのでは、結局、消費や投資の拡大にはつながらないためである。「不確実性」の範囲があまり縮小しない以上、ややスキャンダラスなタイトルではあるが、こうした本の売れ行きが下がることはしばらくはないように思われる。

「カルト宗教」取材したらこうだった(宝島社)

著者:藤倉善郎 出版社:宝島社 発行年:2012年 本体価格:743円
 バブル景気真っ盛りの頃、東大駒場キャンパスに突如現れた「ヨガ」の巨大な写真や「グルが浮いている写真」を掲げた一団…。当時は「お笑い」の対象で、しかもその教団が衆議院議員選挙に候補者を出したときにはまさしく「お笑い」以上のトンデモ集団だった。当時はインターネットがない時代だったので、テレビのニュースなどで時折報道される選挙活動やキャンパスのなかでおこなわれるデモンストレーションぐらいしか目にすることがない存在だったが、その後、その教団は地下鉄サリン事件を起こす。そして同じ時期に同じキャンパスにいた学生はその事件に関与し、有罪判決を受ける…。
 「宗教」というのは60年代や70年代の学生闘争のなかではほとんど存在感がなかったようだ。日米関係がテーマの時代には、外交政策や政治理念について熱く語ることが、優先され、「いかに生きるか」といった事柄もマルクス主義や実存主義に形式づけてしまう人が多かったものと推定される。1980年代後半からは様相が変わり、学生運動に関わっている人もいないではないが、相当な下火。むしろ株式市場と土地の価格の高騰で、資産運用に熱を入れる学生やレジャーに熱を入れる学生が多数派だったように思える。そうしたなか、政治でもなく経済でもなく「別の何か」を求めている少数の学生に、「カルト的な宗教」というのはぴったり入り込める存在だったのではないか。
 この本では、ミイラ事件を起こした某集団や宇宙人によって人類は創設されたとする教団、自己啓発セミナー、講談社に抗議運動を展開した教団などを取り扱い、著者自身がその教団のセミナーに実際に潜入していることもある。真に社会的な存在になるためには、情報開示や法令遵守は不可欠な時代だが、宗教法人の場合には財務資料も公開されず、営利事業と非営利事業の区別もつかない得体のしれない活動になっている。フリージャーナリストの著者が、コトの顛末を相手方のクレームも含めてこうした形で開示することによって、信者の勝手な思い込みやら、あるいは教団の非合法な活動(もしそういう非合法な活動があれば、ということだが)が是正されるのであればそれにこしたことはない。歴史を振り返ると、こういう得体のしれない団体はいくつも現れ、そして消えていっている。時代の風雪に耐えて社会的貢献をしっかりおこなっている既存のちゃんとした宗教団体も数多くあるはずだが、そうした老舗の宗教団体が、必ずしも時代の隙間を埋めるには至っていないというのが残念だ。

2013年6月4日火曜日

モンスター(幻冬舎)

著者:百田尚樹 出版社:幻冬舎 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:724円(文庫本)
 「化け物」と呼ばれ続けた女性がとあるきっかけで美容整形に目覚め、ゆっくりと生まれ変わり、そして故郷へ帰っていく…。男性の作家が書いているだけあって、「女性から見た頭の悪い男性像」を自虐的に描く描写が圧巻。主人公の女性の心理がどれだけあてはまるのかは想像の範囲内だが、「美女」に手玉にとられるシーンのそれぞれが「あ」「そういえば」「これはあるかも」というものばかり。ということは、「女性から見た頭の悪そうな男性」というのは、「男性から見ても頭が悪そうな男性」とそれほど違わないのかもしれぬ。
 露悪的なまでに「醜い顔」の細部が描写され、さらに美容整形手術を少しづつ受けていくプロセスがなんとはなしに読者にも快感を与えてくれる。水戸黄門ばりに最初は主人公と同じように「化け物」として虐げられつづける心境に陥るが、美容整形によって主人公がパワーアップしていくにつれて読者もなにとはなしにパワーアップしていく。そして小説の冒頭とはうらはらにエンディングは「これでもか」といわんばかりの純愛物語に変化していく。古典的な小説手法ではあるけれど、「宝物」や「武器」を手にした若き勇者が最終的には目的を達成して、さらに別世界へ旅立つ…という構図をそのまま現代風になぞっている。だからこそ読後感もまた爽やか。映画「ロード・オブ・ザ・リング」三部作もそうだったけれど、結局、「仲間」というアイテムを得て「指輪」をしかるべき場所に戻したホビットは故郷にかえってまた再び旅立つが、この小説もまた旅立つ場所は違えど、ホビットと同じように数々の苦難と別離を繰り返した挙句に目標達成→再出発という粗筋をたどる。「モンスター」という言葉のイメージが読む前と読んだあとにこれだけ違ってくるのがまた小説の面白さか。

編集者の仕事(新潮社)

著者:柴田光慈 出版社:新潮社 発行年:2010年 本体価格:700円
 編集関係の書籍は非常に多いが、新書のかたちで技術論的な事柄も含めて出版されるのは珍しい。著者は長年、老舗の出版社で編集者として勤務され、担当された作家は丸谷才一、山崎正和、佐江衆一、辻邦生、矢沢永一、安部公房…とそうそうたるご執筆陣。それでいて非常に謙虚な語り口と含蓄の深い書籍への思いが読者の胸をうつ。「年表は地味な仕事だけれど」「口絵写真は貴重な記録」といった地味な作業の積み重ねがこの新書に結実しているのかと思うと、1ページ1ページを慎重に読み進め、一文に込められた含意を、拙いなりに解読するのも楽しい。
 新書サイズで208ページという構成ながら、書籍各部の名称、製本の区分、目次の作成、本文の組み方、判型、タイトルの付け方、四六判の由来、余白、横組の注意点、ノンブル、見出しと小見出し、索引、写真処理、奥付が縦組の場合に左ページにある理由、校正、原稿の整備、ルビ、引用の表現、活版印刷、文字の字体、欧文書体、約物と罫線、本の装丁、紙の重さ…と一通りのことがすべて網羅されているのも素晴らしい。専門学校系統の編集の参考書は、ともすればとんでもない厚さで読む気を最初からなくさせるが、新書サイズでこの内容は読者の「可読性」にかなり配慮している。まさしく「職人」による職人技の編集の本だ。

2013年6月2日日曜日

民法改正の真実(講談社)

著者:鈴木仁志 出版社:講談社 発行年:2013年 本体価格:1700円
 民法改正の作業が現在進行中で、たまにの中間報告について新聞などでも報道されている。現在の日本の民法にはいくつか解釈が難しい規定があり、たとえばマンションなどの特定物について「危険負担」という考え方がある。マンションを引き渡す前に天災などで目的物が滅失した場合には、民法の規定では債務者がそのリスクを負担する、つまりまだ住んでもいないマンションについてその購入代金を買い手が売り手に支払うといった規定が有り、そうした規定については確かに改正していかなくてはならない。ただ連帯保証の保証限度額に制限を設けるなど貸し手となる金融業界が反発している改正案も含む今回の民法改正は、実務界の理解も得ることが難しそうだ。
 この本では民法改正の中間報告ができあがるまでのプロセスについての問題点(法務省の官僚が勤務時間内に民間の研究団体で試案を作成していたことや、その民間の研究団体からかなりの部分のメンバーが公的な審議会に横滑りしていることなど)が指摘されているほか、「そもそも民法を全面改正する必要があるのか」といった問題提起がなされている。
 商法や有限会社法の規定を整理して会社法を施行したのとは事情が異なり、民法は企業だけではなく一般の市民も巻き込む大改正となる。これを一般社会のニーズと無関係に施行した場合、たとえば保証債務をする場面や契約の解除をおこなう場面などで、かなりこれまでの実務慣行とは異なる場面がでてくるだろう。会社法や金融商品取引法とは異なり、あくまで法律を知らない一般人にも関係してくるのだから、改正にはあまり拙速主義をとるべきではないだろう。改正を推進している内田貴氏(元東京大学教授・法務省参与)の個人的能力の高さや人徳の素晴らしさなどに疑念はない。ただし、同じ手法で将来、よからぬ人間が法律の改正を推進することになっては、今回の民間研究団体の成果を審議会に持ち込み、さらに情報公開にも制限を設けて「50年先をみすえる」というのは、情報公開法が制定され、さまざまな利害関係者のニーズに応えるという21世紀の日本の方向性とは大きく道がそれることになる。関係者には今一度、これまでの改正のプロセスの情報公開や一部特定学派に偏った法改正内容になっていないかどうかなどの自己チェックをお願いしたいものだ。金融関係や経済団体、弁護士会など種々の団体から「懸念」「心配」「反対」が表明されている現在、改正を推進しようとしている法務省も、今一度、改正プロセスに問題点がなかったかどうかチェックをお願いしたいものだ。