2013年1月7日月曜日

「レ・ミゼラブル」百六景(文藝春秋)

著者:鹿島 茂 出版社:文藝春秋 発行年:2012年(文庫本新装版) 本体価格:819円(文庫本新装版)
 「レ・・ミゼラブル」を日本語で全部読んだのが19歳のとき。当時はストーリーの合間にはさまるユゴーのねっちりした社会哲学みたいな横道が非常にうざったかった思い出があるが「貧乏」「貧困」に対する恐怖感みたいなものは難解な文章のなかから伝わってくる思いがした。
 ジャン・バルジャンが物語に登場するのが1815年。ちょうど第二次パリ条約によってナポレオン帝政が終了したときで、ジャン・バルジャンがみまかるのが1833年という設定になっている。1830年に七月革命勃発でブルボン王朝による王政復古からオルレアン家ルイ=フィリップによる立憲君主制に政体が変わるので、一番不安定なナポレオン帝政、王政復古、立憲君主制の時代をこの物語は背景としている。
 共和主義者もいれば、ナポレオン主義者もいて、もちろんブルボン王党派も根強い人気をもつといった時代。しかも産業革命の恩恵はまだ一般庶民にはもたらされず、人間と機械装置が置き換えられるちょうど過渡期ともいえる。この世相は、なんとなく情報革命が進行しつつ、「大きな政府」(社会民主的な政府)と「小さな政府」(市場主義原理を活用する政府)が入れ替わる時期の日本の世相とも通じるものがある。
 この本によれば、レディメイドの衣料品はまだ浸透しておらず、オーダーメイドの古着を換金して食料に変える時代だったということだが、ヤフーオークションでいらないものを売って食料品を購入するという家計もいることを思えば、機械装置に労働を奪われた当時のフランスの労働者とパソコンに労働をうばわれる現在の日本とで共通点はありそうだ。また共和主義から王制主義まで価値観が揺れ動く世相も、市場原理から社会福祉重視まで政策メニューが多様化している現在日本の世相を共通しているといえるかもしれない。
 著者はユゴーのイデオロギーと「レ・・ミゼラブル」の著述を重ね合わせたり、あるいは小説の一部から生活の様子を浮かび上がらせたりと、「もうひとつのレ・・ミゼラブル」を作り出している。これは、「レ・・ミゼラブル」をより豊かに鑑賞できる「下地」が脳内でできあがるだけでなく、19世紀前半のフランスを思いつつ、今の日本を見ていく過程でも有用。さらにバルザックなどほかの作家の小説を読む際にもイメージが広がっていくことだろう。
 仕事始めの通勤時に1ページ目をめくり、帰宅途中に一気に読み終わってしまったが、とにかく面白い。小説そのものに時代背景に関する解説などはないから、その時代背景や生活状況などが把握できると(特に当時の貨幣価値と現在の日本の貨幣価値のおおまかな換算)原作の面白さも増す。こういう本が文庫本で入手できる日本はやはり幸せだ。

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