2011年4月28日木曜日

考える野球(角川書店)

著者:野村克也 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:760円
高齢を理由に楽天東北ゴールデンイーグルスの監督を「解任」された著者だが、この本を読む限り考え方はしっかりした人生哲学に裏打ちされ、その野球理論にもさらに磨きがかかっている印象を受ける。天性の才能がある一部の野球選手であればアドバイスや理論などは必要ないが、99パーセントの人間は努力と工夫が必要な凡人だ。日本ハムの武田、元ヤクルトの高津といった技巧派ピッチャーがアドバイスをもとにして独自の野球を完成していったプロセス(33ページ)は、ビジネスパーソンにとっても助言をいかにして活用して解釈し、努力の方向を定めていくべきかといった応用がきく内容になっている。球種を増やして生き残りをはかる投手もいれば、リリースポイントを遅くして投球に磨きをかける投手もいる。いずれも工夫、そしてその前提となる「観察」「分析」の結果だが、そのさらに前提として野村氏はバランスのとれたフォームをあげる。ビジネスパーソンでいえば正確なフォームとは、一般的なビジネスマナーをさすことになるだろう。非常識な働き方をする人もいるかもしれないが、だいたいのビジネスパーソンは「社会のおおまかな約束事」をもとにして、そこから独自の工夫を生み出していく。単なる野球理論の本ではなく「考える野球」は「考える働き方」に通じる内容になっていると思う。

2011年4月24日日曜日

歴史は「べき乗則」で動く(早川書房)

著者:マーク・ブキャナン 出版社:早川書房 発行年:2009年 本体価格:840円 評価:☆☆☆☆☆
数学の本がこれだけ面白いとは予想もしていなかった。前兆も周期もない災害がどうして発生するのか。 そして砂山が崩れ落ちる最後の一粒の砂と地震の発生の奇妙な仕組みの一致。それは社会構造にも及び、臨界状態やべき乗などの概念をもとに株式市場やネットワーク市場までも読み解いていく。論理的というよりは感覚的にはおそらく無意識のうちにこういうべき乗法則や臨界状態の存在を人間は認識していたはずだ。ハワード・ホークスの「ピラミッド」という映画で、壁が砂の圧力でするすると落ちていく感覚などにも通じる「最後の一押し」。それがどういう形でやってくるにせよ、なにかしらの臨界状態があって、それがあるとき暴落につながっていくという「感覚」。著者はそれを巧みな比喩と文章で明らかにし、今後のネットワーク社会へのさらなる応用を示唆して終わる。正規分布や統計法則に疑念をお持ちの人には特に納得の一冊だろう。

アイデアを形にして伝える技術(講談社)

著者:原尻淳一 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:720円 評価:☆☆☆☆☆
この手の知的生産ノウハウ本で「あたり」は少ないが、本書はあたり。内容はコンパクトで充実、インプットとアウトプットの循環システムとインプットとアウトプットの方法とがそれぞれ有機的に結合した形の構成となっており、書籍の探索のみならずフィールドワークの心構えやノウハウについても語られている。実務的にはフィールドワークはなんらかの形で必要になることが多く、それは会社によっては営業という形態であったり企画調査という形態であるかもしれないが、やっていることはただ一つ、情報を収集して有効な仮説を打ち立てること。情報触媒としてあまりよく知らない現場の情報やニーズをまとめて社内に持ち帰ってくるというシステムで、いかなる手法をとるべきか、といったノウハウを読者それぞれが打ち立てることができるように配慮されている。これ1冊ではなく、これ1冊からさらにいろいろな本やノウハウを蓄積しているキーマンにアクセスしていくというのが効率的な方法論の構築につながるだろう。720円は安い。

2011年4月21日木曜日

カラ売り屋(講談社)

著者:黒木亮 出版社:講談社 発行年:2009年 本体価格:724円
経済小説の独特の語り口がイヤになり、いっときまったく読まない時期が続いたが、黒木亮の経済小説は面白い。三和銀行のロンドン支店での勤務経験や総合商社での勤務経験が小説に反映されているからかもしれない。フィクションであっても細部に妙なリアリティを感じる。この本では、企業の経営実態を独自の調査で明らかにして株価の暴落を見込んでカラ売りをあびせるカラ売り屋、地域活性化事業にからんで村おこしを図る村おこし屋、開発途上国市場にシンジケートローンをしかけるエマージング屋、経営破たんしたホテルの民事再生に取り組む再生屋の4つの中篇が納められているが、個人的にはシンジケートローンを取り扱ったエマージング屋が面白かった。国際協調融資の舞台裏が描写されているが、エクセルで金利を見積もり各国の金融機関と調整を続ける主人公の姿がリアルである。それ以外は民事再生に取り組む弁護士などにリアリティを感じるが、国内の経済事件よりも国際的な経済事件を取り扱った題材のほうが主人公が生き生きしているように思える。先物売買や詐欺罪、民事再生法の具体的な適用などを学習するにもいい題材ではないかと思う。

2011年4月20日水曜日

福島原発人災記(現代書館)

著者:川村湊 出版社:現代書館 発行年:2011年 本体価格:1600円
帰宅途中の書店で平積み。内容を立ち読みしてすぐ購入、一気に読み終わる。2011年4月25日発売となっているが、それよりも早くに書店に出回り、しかも平積み。緊急出版というのにふさわしいスピードだが、内容も過激。おそらく訴訟も辞さないという著者の覚悟だと思うが、原子力発電関係のウェブから引用を思い切った引用、さらに厳しいコメント。エッセイストの岸本葉子さんや内田春菊さんの名前まででているが、これはちょっと原子力「ムラ」の一員とするには、無理のある方々ではないかと思うが、日本原子力技術協会や原子力産業協会の理事の名前など、後世の資料としても使える内容。都合の悪いウェブページはおそらくこれから削除されていくだろうから、この本でそうした「都合の悪い」内容を紙媒体にまとめて残してもらえるのはありがたい。各ウェブでは福島の事故についていろいろな論議がなされているが、「原子力推進派」の団体に誰が名前を連ねて2011年の3月~4月にどういう言動をとっていたのかが克明に記録されているのはありがたい。この本は、今後20数年は歴史の資料となるだろう。各種のレポートもどさっと掲載されているが、地震や津波に対する安全措置についてなど、専門家や安全委員会の識見にはおそるべきものがある。歴史の検証をまつとはいっても、ウェブはやはり一過性のもの。こうして書籍となり、それに対する反論やあるいは「訴訟」というプロセスそのものが今後の原子力発電の事故抑制につながる。老朽化した福島第一原発がなぜ使用されつづけてきたのかその経済的メカニズム(固定設備は買い換えないでコストを抑え、その分安全性は犠牲にする)や、二酸化炭素の増加とプルトニウムの漏出という選択の結果があきらかな問題まで、「常識」をあらためて取り戻すのには最適の一冊。ただし過激な論調すぎてかえって「ひく」読者もいるかもしれないが、それはま、こういう状況だから…。

2011年4月16日土曜日

国会議員に立候補する(文藝春秋)

著者:若林亜紀 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:860円
何某政党から国政選挙に立候補したジャーナリストの新刊だが、すでにある大型書店では平積み。書店にはいって目についたのでそのまま衝動買いして読みきったが、いや、面白い。まずこれまで知っているようでしらなかった国政選挙の具体的な「経費」が克明に記載されており、最後のページには総務省指定様式で支出報告書まで掲載されている。求人のしかたから公職選挙法の具体的適用まで記録されており、読者は「自分だったらどうするか」と自問することができる。通常の読者であれば「まあ、選挙にでるのは無理かな」と考えるかもしれないが、確信犯的に次の衆議院選挙をめざす人にはかなり役立つ内容がテンコもり。やや生臭い政党政治の裏側もそれなりに書き込んであるが、まあこういう感じなんだろうな、と納得する部分も。ただこの何某政党の代表や事務局長はかなりあわてたことだろう。イメージが売りの新進政党だが、やってることはけっこうふるい。自民党や民主党などはもっと古い選挙をやっているのかもしれないが、この本を読むと「古くて意味がなくてもやらないと選挙に落ちる」という現実がある。これ、ルールを変えないとまた再発する問題でもある。公職選挙法の問題点あるいは今後の改正点でもある。


で、次の衆議院選挙は、原子力発電所や地震の被災者の方々の問題もあってやや「先送り」されるかもしれないが、いずれは実施される。このタイミングでの出版は、まあまあ次の衆議院選挙にあたり著者にとっては追い風だ。経費の工面が大変だとは思うが、この本はもっと売れて、平積みが増加すれば著者の知名度も高まるし、いくばくかの印税も選挙資金にあてることができる。となると当選の可能性はかなり上向きとみるべきだろう。自治労はこの著者の擁立を「是」とはしないだろうから、次の選挙は自由民主党かみんなの党か、あるいは地域政党か…といったところか。すでに一定の「同志」も確保されたようなので、案外、すらっと当選されてしまうかもしれない。そうすれば、次は「新人議員の見た永田町」をズバッと新書でレポしてほしいものである。


運は数学にまかせなさい(早川書房)

著者:ジェフリー・S・ローゼンタール 出版社:早川書房 発行年:2010年 本体価格:840円
早川書房でかつて単行本として発行された名著にしてベストセラーになった書籍の文庫化が進んでいる。この本もベスト&ロングセラーだったはずだが文庫本で発売。そして内容はやはりかなり面白くてしかもすばらしい。数学の本なのに数式はほとんどでてこず、やや専門的な知識については巻末に辞書形式で紹介されている。ランダムな世界をロジカルに生きていこう(なるべく)という考え方で、偶然の一致、大数の法則、回帰分析、意思決定の方法(効用関数)、ランダム、世論調査、中央極限定理、ナッシュ均衡、進化、ベイズ統計、カオスといった概念を取り扱う。ハリウッド映画なども題材に数学でばっさりきったあとに、「世の中にはなんらかのランダム性が働いている」と締めくくる。ただランダムであってもロジカルにいこう…という著者の謙虚なスタンスが好ましい。最後の第17章では簡単な「最終試験」が掲載されており、この本を読んで「考え方がまし」になったことを確認することができる構図。こういう章の配列に担当編集者の遊び心と構成企画の腕を感じる。

行動分析学マネジメント(日本経済新聞出版局)

著者:舞田竜宣 杉山尚子 出版社:日本経済新聞出版局 発行年:2008年 本体価格:1800円
人間の行動に焦点をあてて、架空の企業の架空の合併をもとに行動分析学の基礎を紹介している。目に見える「行動」を分析していくという発想は目に見えない無意識などを分析するよりも少なくともわかりやすい。学説的には「死んでいる人にはできないこと」と「行動」を幅広くとらえているが、これはまた行動分析学の今後の可能性の広さを思わせる。人は指示だけでは動かない(少なくとも無理やり動かすことはできても熱意は期待できない)、頭ではわかっていてできるのにやらないという一種の無力感も現実にはある。そこで行動随伴性や強化といった概念で、好ましい行動を増加させ、好ましくない行動を減少させるように工夫をこらすことになる。「あいさつがない」⇒「あいさつがある」といった「ない」から「ある」への変化をいかにこのましいものにしていくのか、自己管理も含めて現実に応用可能なスキルが紹介されている。ビジネス書ではないが、会社の仕事の場面でも使える内容が多い。ストーリー仕立てはわかりやすさを増加させようとする一種の試みだろう。必ずしも成功しているとは思えないが、いきなり論文調で内容に入るよりも好感がもてる。

2011年4月12日火曜日

リフレクティブマネージャー(光文社)

著者:中原淳 金井嘉宏 出版社:光文社 発行年:2009年 本体価格:900円
一泊二日のスケジュールで札幌出張のときに携帯していたのがこの本。電子機器の使用が制限される飛行機内ではパソコンや携帯電話よりもアナログな書籍のほうが使い勝手がいい。思いついたことは新書の余白にでも記入すればいいわけだし。アクション(行動)とリフレクション(内省)の相互作用を重視するという趣旨だが、それにさらに経営学と教育学のコラボレーション的な要素もある。アクションがリフレクションに先立つというあたりが念押しされているが、学者はともかくビジネスパーソンは考えるよりも動かなくちゃ…という面がある。31ページあたりの「誰もいきたくないカラオケ」というエピソード、なかなかいい。「マネージャー」の役割ってなに、っていうと、経営者ほど明確ではなく、また一般従業員とはまた違うという微妙なロケーション。権威主義的なマネージャーというのは百害あって一利なしだが、かといって何もしないってわけにもいかない。どうすりゃいいんだということで「リフレクション」の出番になる。まあ順当にいけば通常業務では黒子的な役割でいい、例外的事象にのみ乗り出すという展開が原則論だと思うが、それにふみとどまらないのがこの本の面白いところ。
だがそれと同時に読み終わったあとに感じたのは、けっきょく複雑に物事を分析して考えていても実際には現場はもっと複雑な原理で動いており、学問的には正しい…としても実務的にはとにかく回転させなきゃだめなんじゃん、てな弱点は常にあるということ。学問的には根拠はなくても「孫子」とか「人生論」的なシンプルなメッセージのほうが実は学問的な考察よりもヒューリスティックに役立つ…という部分がかなり多い。教育学がもしビジネス書籍などでも展開できるような、たとえ精緻でなくても正しくない部分があっても8割がたの問題解決に役立つようなシンプルな命題を打ち出せる…というところまでいかないとなかなか実務社会に教育心理の研究成果などは浸透していかないのではないか。企業内部の問題は古くて新しい部分がある。そしてもっとも必要なのはシンプル(2~3行のフレームワーク)で明確なフレーズだ。「アクションとリフレクション」という2つの言葉で要約してしまうのは大胆すぎるかもしれないけれど、でもこのフレーズこそがこの本の最大のポイントではないかと思う。

2011年4月11日月曜日

数学で犯罪を解決する(ダイヤモンド社)

著者:キース・デブリン、ゲーリー・ローデン 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年 本体価格:1900円 評価:☆☆☆☆☆
活字が大きい翻訳書で本体価格1900円はやや高いが、それでもかなり面白い。アメリカの連続ドラマ「numbers」を見た人であればもっと内容が楽しめる。朝の通勤時には必ず本を読むようにしているが、数学の本でここまで夢中になれる本は珍しい。この本を読んで「ベイズ統計」の意味がつかめたのも収穫。主観的な価値観で重み付けをして、それをデータが入るごとに修正していくという手法、考えてみれば当たり前のようでいて、そうした推計の方法にはまるで思いが及んでいなかったのだ。そのほか統計の確率論を法廷の証拠として採用することの是非や、ニューラルネットワーク、指紋照合の問題点、ネットワーク理論などをなんとほとんど数式を使わずにこの本では説明してしまう。そして確かに方程式を導出することはできないが、エッセンスは文章で理解できるようになっているというのがすごい。レファランスブックについては原著にはなかったそうだが、日本語訳では翻訳者がブックリストを紹介してくれている。また
「ナンバーズ」のシーズン3までの簡単なエピソード事典も掲載。

2011年4月9日土曜日

ブラックスワン 下巻(ダイヤモンド社)

著者:ナシーム・ニコラス・タレブ 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2009年 本体価格:1800円 評価:☆☆☆☆☆
分量としては別に上巻・下巻に分ける必要性もなかったかな…という印象。ただし内容は「まぶれ」とも重複する部分があるものの非常に面白い。正規分布というものに対して非常に批判的で、「まさか」の事態に備えるにはむしろ「べき乗分布」や「フラクタル」という概念で物事を把握しておいたほうがよいと説く。株式市場は通常は正規分布と考えて良さそうだがはずれ値が発生した場合には、非連続的なグラフを描く。そこが機関投資家であっても大損をする理由の一つだが、99パーセントは保守的に運用して1パーセントはべき乗分布に備えるというのが一番投資としてはいいポジションのようだ。結果から原因を推定するのは非常に難しいという著者の指摘には納得。どうしても予定調和的なモデルで物事を考えがちの日常生活だが、正規分布のもつ「弱点」も熟知しておくことがこれからは必要だろう。けっしてわかりやすい内容ではないが、それでもベストセラーになったこの書籍、やはり売れるだけの理由はある。

ビジネス書大バカ事典(三五館)

著者:勢古浩爾 出版社:三五館 発行年:2010年 本体価格:1600円
四六版で336ページとかなりの力作。さらに本文では収録できなかった付録がなんと4段組で巻末に特集されている。ビジネス書とはいっても本書で取り上げられているのは主に「自己啓発」関係の本。経済学や経営学といった学問の入門ガイダンス的な内容は含まれていない。自己啓発というのは確かに怪しいジャンルで人によって効き目があったりなかったりするものだから一種新興宗教と似ている部分もある。そこで、「朝5時におきればなんでも可能になる」「目標を紙にかけば実現へ」というようなテーゼが打ち出されるわけだが、この効能はやはり人によるだろう。で、個人的には、この本で取り上げられている野口悠紀夫さんは、整理手帳という野口さんの発明品を実際に愛用していることもあり、ちょっと的外れな指摘かな、と思った。また小宮一慶さんの本も自己啓発というよりは情報の見方や考え方などが紹介されている本なので「自己啓発」という感じはしないと思う。だがそれ以外の著者についてはおおむね賛同できる。「成功」(そもそもどういう状態をさして成功というのかも問題にされているが)に到るプロセスはやはり人それぞれ。確立された方法があるのであれば、これだけ千差万別のノウハウ本が出版されることもないだろう。手軽に便利に自分の境遇やスキルを向上させることができればそれにこしたことはないが、やはり地道な努力でしか能力の向上はありえない。まあ、自己啓発のすべてを否定するわけではないけれど、怪しいセミナーや怪しい「テーゼ」には眉唾もので接するのが一番だろう。ここ数年書店をにぎわせてきた「自己啓発関連のビジネス本」。そろそろブームも別の方向へ向かう時期にきているのだろう。

2011年4月5日火曜日

大人のたしなみ ビジネス理論一夜漬け講座(宝島社)

著者:渋井真帆 出版社:宝島社 発行年:2007年 本体価格:1300円
「ブルー・オーシャン戦略」「ザ・ゴール」「ビジョナリー・カンパニー2」「ウェブ進化論」「ネクスト・ソサエティ」はすでに読んでいた。で、「ネクスト・マーケット」「富の未来」は読んでいない状態でこの本を読むと、既読の本に対する著述のほうが面白く読める。一つにはすでに一回なんらかの形で予備知識があるため、他の人の読書感想を読むように知識を整理することができるため。もう一つは、やはり名著の内容は奥深いものがあるため、要約された紹介では限界があるためだろう。この本から入るよりもまず原著から奥深い世界に足を踏み入れたほうが、案外近道かもしれない。セレクトの基準はいまひとつはっきりしないが、経済学・経営学、情報処理、文化論と幅広いビジネス理論から8つ。いずれも想定しているモデルは動学的で、静態的なモデルは少ない。名著の条件の一つは「変化」をいかにうまくとらえるのか、という点にあるかもしれない。通勤や出張のさいに、さらっと復習をかねて勉強したいときなどに便利そうな本。

2011年4月4日月曜日

パーソナル・ブランディング(東洋経済新報社)

著者:ピーター・モントヤ、ティム・ヴァンディー 出版社:登用経済新報社 発行年:2005年 本体価格:1800円
ブランドの時代(あるいは無形資産の時代といわれる。実際そうなのだと思う。土地や建物をたくさん持っているよりも、消費者にとっては品質識別能力や責任能力をもつブランドを基準に商品を選ぶことが多い。それを個人の属性にしてしまったら…と考えたのがこの本。名刺や種々のチラシなどを個人のブランド構築に役立て、さらにブランドをもとにビジネスも軌道にのせる。これ、文筆業やいわゆるタレントの方々にはけっこう通じるものがあるが、会社人間にも活用できる部分はある。だが、名刺やパンフレットまで作って、「イメージ」を構築しても、その後に残るものは何か…と考えると、「ほどほどにしておかないと、中身が問われたときに困るんじゃあ」とも言いたくなる。けっこうこの本売れてはいるのだが、会う前から信頼を消費者に与えるというのも、一つ間違えれば、別の用途にも使われそうな。メーリングリストの活用やおそらくフェイスブックなどの活用にも応用できる内容だが、私としては「う~ん」と腕組みしたくなる主張ではある。無形資産半分、有形資産残り半分ってところか。

アジアの隼(講談社)

著者:黒木亮 出版社:講談社 発行年:2008年(文庫版) 本体価格:1048円 評価:☆☆☆☆☆
先物取引の難しさは「安く仕入れて高く売る」という通常の商品の仕入れと売上げの流れが逆転しているからではないかと思う。「高く売ってから安く仕入れる」といった通常とは逆の時間軸で取引ができるのが先物取引の本質ではないかと思う。それに付随して差金決済ができるとかどうとか…といった流れになるのではないかと思うのだが…。で、この「アジアの隼」では、ドイモイ政策で海外投資先として脚光を浴びつつあった90年代にベトナムに駐在所を設置しようとする何某長期信用銀行の銀行員の活躍を主軸におき、タイ通貨危機などの国際金融の流れとプロジェクトファイナンスの動向をストーリーにからめて物語が展開していく。この物語に登場する架空の長期信用銀行は実在したかつての長期信用銀行のうち2つの銀行のエピソードを合体させた銀行のようだ。不動産投資を優先して資本市場のスキルや人材を育成しなかったのは実在した旧長期信用銀行と同様だが、細かな人間模様は「長銀」と「日債銀」の抱き合わせ。そしてそこに香港の地場証券会社のエピソードやベトナム政府の公共発注事業のエピソードもからむ。まあこの本を読めば、産業金融とは何か、プロジェクトファイナンスとは何か、ベトナムの歴史、パキスタンの外交や内政、インドネシアの歴史、サプライヤーと銀行、総合商社の共同プロジェクト、エネルギー問題といった種々のテーマが立体的に理解できる構図になっている。恋愛エピソードがからんでくるのが個人的にはやや「イヤ」だったが、これは人によって好き好きはあるだろう。キーワードの一人歩きではなく、東南アジアの食生活や文化をからめた「生きた経済」がこの本では展開されている。

2011年4月2日土曜日

ブランディング22の法則(東急エージェンシー)

著者:アル・ライズ、ローラ・ライズ 出版社:東急エージェンシー 発行年:1999年 本体価格:1700円
初版が1999年で購入したのは2009年4月22日第15刷。アメリカのMBAでも指定テキストにしている学校があるというが、非常に面白い内容。ブランドがある程度構築されてくると、製品ラインを増やしてブランドの拡張政策をおこなう企業が多いと紹介したうえで、ブランドは絞り込んでいくのが得策だと著者は力説。ハイエンドの商品でブランドが確立しても低価格商品にそのブランドをつけるとハイエンドもダメになる…というのはけっこうあちこちのブランドでこれまでも実例が多々ある。信用の標的ともなるブランドは一定の価格よりも低い商品ラインには、別のブランドをつけるなどの工夫を凝らしたほうがいいという著者のいわば「信念」が表明されている。論証は著者が選択したケーススタディのみだが、あまりにもこの法則にあてはまる事例が多いので統計データなどがなくても説得力はある。マーケティング関係の本では最近は数式が掲載されている本も多いが、内容的には「…と考える」的なアナログな本という見方もできる。ただしそれが悪いわけではなく、むしろ新しい視点を読者に与えてくれるという意味では指定テキストにされるだけの理由はあるだろう。