2009年3月28日土曜日

ジェネラルパーパス・テクノロジー(アスキー新書)

著者;野口悠紀夫・遠藤諭 出版社:アスキー・メディアワークス 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
 情報技術だけが発展してもそれを活用できる社会的土壌がなければ意味がない…。本書の要約をするとそうなるだろうか。ICTは新しい産業技術だが日本ではその産業技術の恩恵をいまひとつ受けていないのではないか、という問題提起が冒頭でなされる。確かにウェブの発達は情報コストを著しく低下させたが、雑誌や新聞といった既存のメディアの収益を押し下げる一方で、ICTによって爆発的に利益を上げた…という業種・産業は少ない。もちろんセブンイレブンに代表されるようなPOSシステムやEDIといったコスト削減に有用なICTもあるが、本書で例にあげられているようなアイルランドのようなオンライン・アウトソーシングによる新産業の勃興(その結果アイルランドの一人あたりGDPは日本の2倍近くになっている)やインド(インドでもアメリカのコールセンター業務などが移管されている)といったような目覚しいレベルでの経済産業の勃興はない。こうした「21世紀型グローバリゼーション」(26ページ)の結果、日本やドイツといったこれまでの20世紀型産業国家は次第に凋落しつつあるという状況がある。ICTを企業の収益向上のために活用するには経営者がまずICTの意味と重要性を理解し、なんでもかんでも外注するのをやめよ、と筆者は説く。ICTがはたして経済に影響を与えるか否かについては種々の議論が行われたが、この本ではICTは「一般技術」「汎用技術」なので、その経済効果が統計で把握されるのには時間がかかると説明する。少なくとも取引コスト(通信コスト)を削減するのは間違いのない産業技術だけに、まるっきりコストが低減もせず収益も拡大しないというわけはないのだが、それが明確な形で数値で計測するのには時間がかかるというわけだ。このときすべての関連財がすべて一気に価格が下がるというわけでもない。従来の既存産業との摩擦も起こりうる(メールの発達は郵政事業にも大きな影響を与えたはずだ。郵政民営化について隠れて後押しした理由の一つは、いずれ郵便事業会社については電子メールに相当職域が奪われるので現在のうちに雇用調整をしていく必要性があったのは明らかで、さらには宅配便の急速なサービスのレベルアップは手紙だけでなく荷物の運搬を国家公務員が行う必要性を奪いつつあるという状況があったものと推定される)。
 第2章ではこれまでのクローズドシステム、メインフレームの時代から現在にいたるまでのシステムの違いについて説明がなされている。携帯電話そのほかに想像以上にオープンソフトが使用されていることが指摘されるとともに、ITUなどによる通信規約の制定ではなく現在ではICANN、W3Cといった民間企業が中心となって全体の仕組みを運営し、管理していることを指摘。企業間取引におけるXMLの重要性、財務諸表のためのXBRLなども指摘。経済効果や環境効果への影響にも言及されている。
 第3章では、第2章をうけてレガシー・システムについて著述されている。最近では社会保険庁のCOBOLシステムが問題になったが、事務処理能力としてはCOBOLは最適だが分散処理形態で事務処理をするのであればもっと別のシステムに切り替えても良かっただろう。そうすればもう少し「名寄せ」そのほかの事務処理も軽減化された可能性はある。こうしたレガシーシステムから問題提起をして、ICTについての産業界での本質的な理解が不足していることが指摘されている。
 第4章では、日本の電子政府のお粗末さを指摘。これは自分自身が各種白書のデータを利用したときや確定申告をしようとしたときに思ったことだが、結局アナログで情報探索したほうが速いのではないかと思うこともしばしば。省庁のウェブのトップはきわめて使いにくく、サイト内マップの造り方にも問題がある。情報量はきわめて多いが使い勝手は確かに悪い。この本ではアメリカのブラウン大学による電子政府の格付けが紹介されているのだが(156ページ)、1位は韓国、シンガポール、台湾、アメリカ、英国、カナダ…ときて、20位に香港、37位がエチオピアで38位ガボン、39位北朝鮮、そして北朝鮮のさらに低いランキングで日本が40位。コンテンツはまさか北朝鮮よりは日本のほうが豊富だろうからやはり「使い勝手」が相当に悪いというのがブラウン大学の研究者にはあまり心証が良くなかったのだろう。
 第5章では「オークショネア」という経済学の概念を利用して、分散システムや小規模組織のメリットを説明。さらに垂直分業よりも水平分業の促進も説明される。日本ではまだ垂直分業にこだわる傾向がみられるが、実際にICTを活用すればEDIなどによる通信コストの減少により垂直的に一社が統合するよりも水平的に個々の企業が個々の製品に特化していくほうが経済効果は増す。
 そして第6章ではgoogleに代表される「未来への選択」が語られる。googleの強みはサーバとそしてユーザ中心主義の成果だと指摘(197ページ)。ここで最近注目されているsaasについて、パッケージで提供されていたアプリケーションをウェブで提供するものと説明し、「セールスフォース」の顧客情報管理システムを紹介。パッケージソフトでは3年に1回のバージョンアップがsaasでは、3ヶ月に1回という速さになるという。さらにラフ・コンセンサスとランニングコード(とりあえず役にたっていれば)の2つの基準が紹介される。質よりも「量」(規模)が凌駕するリスクを指摘して本書は終了するわけだが次世代ネットワークが国内単独基準になる可能性そのほかなども指摘され、きわめて興味深い内容。用語には丁寧に注記がなされているので読みやすい。また巻末の索引も利用しやすいのが新書としては珍しい。読んで損はない新書。

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