2013年5月1日水曜日

日本の景気は賃金が決める(講談社)

著者:吉本佳生 出版社:講談社 発行年:2013年 本体価格:800円
 いわゆる「金融政策・財政政策・成長政策」の3つの柱をうちたてたアベノミクスの出だしは好調のようだ。為替は円安傾向となり、民間消費支出も増加傾向にある。ただしこれはまだ「ご祝儀」相場のようなもので、長期的に見た経済効果はもちろん未知数だ。著者は、このアベノミクスの最終的評価は、物価上昇率ではなく賃金上昇率になると指摘している。
 たとえば、物価が2%上昇しても賃金が1%しか上昇しなければ、生活水準は今よりむしろ苦しくなる。この本のタイトルはそうした「物価」の内訳をみていこう、という姿勢に由来するが、円安傾向が必ずしも国内の物価上昇率を招かない理由として、輸入企業が円安による輸入財の価格上昇を企業内のリストラで吸収している実態を指摘する(小売商や卸売商は中小規模の企業が多く、資材購買をおこなう大企業から値引交渉されると断りきれない)。マスコミやウェブで流れている安易なインフレ待望論に対してきめ細やかにデータや経済白書などを分析して今後の展望を示した良著である。
 安倍総理とそのブレーンがよりどころとしている理論に、合理的期待形成という理論がある。過去の実際の物価上昇率や1年前の物価上昇率だけでなく、日本銀行の政策目標や政治の動向など種々の情報から合理的に導き出される物価上昇率をもとに企業や家計が行動するという理論である。物価上昇率が2%で名目利子率が現在とほぼ変化しないという仮定にたてば、実質賃金率が低下するので企業の設備投資が促進される。また家計は貨幣購買力が目減りするので貯蓄ではなく消費行動を活発にさせるということになるが、この本では「賃金格差」がアベノミクスの結果拡大する可能性を指摘しており、一部の高所得者の消費は拡大しても中低所得者の消費は現状維持か減退する可能性が無視できないことになる。これもまた「日本の景気」は「賃金(上昇率、とそして分配)」が決めることになる。まだアベノミクスは走り出したばかりだが、小泉内閣にあった「悲壮感」がまるでなく、非常に和気あいあいと強気の経済運営・外交政策をとっているのが気がかりだ。デフレーションのもとで、人々の期待を超えるような大規模な金融緩和と国債の買い入れをおこなうわけだから、ちょっと舵取りを間違えば、国債価格の暴落や利子率の上昇、いきすぎた円安展開といった事態を招きかねないのだが、どうも安倍内閣にそうしたリスクの備えが見えない。何が起こるかわからないのが金融の世界のはずだが、この本の著者の的確な分析と問題提起と比較すると、なんだかお祭りさわぎのようになっている政治のほうが不安定材料のような気もする。

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