2013年5月16日木曜日

姜 尚中の政治学入門(集英社)

著者:姜 尚中 出版社:集英社 発行年:2006年 本体価格:660円
 反証可能でなければ科学ではない、という。最初から反論しようがないのが、いわゆる「職業左翼」の方々だが、終始温和な口調で論理を展開する姜 尚中氏の著述は、賛否はさておいて、とりあえずは反証可能な議論展開だ。これだけでも現代日本では貴重な存在である。
 「アメリカ」「暴力」「主権」「憲法」「戦後民主主義」「歴史認識」「東北アジア」の7つのキーワードから「政治学」を読み解く展開となっている。2006年に執筆されたまま増刷されており、尖閣諸島や竹島をめぐる日韓関係や日中関係の悪化の前の国際情勢から「東北アジア」が語られており、そうした客観的諸条件の変化が書籍に反映されていないのはやむをえない。その一方で、「戦後」を日清・日露・第一次世界大戦・第二次世界大戦の4つに切り分け、さらに第二次世界大戦後も直後の1945年(治安維持法が制定されたまま哲学者三木清氏が獄死)、1946年、1955年以降と細密に展開・分析していく視点は見事。「戦後民主主義の課題」とおおまかに語る言説よりも、1945年当時の戦後、大日本帝国憲法が日本国憲法に改正された1946年から高度経済成長期を迎える1955年まで、1955年からバブル経済を迎える1980年代までと細分化していかないと、確かに議論の方向性を見誤る。日教組がもたらした功罪を論じるにしても、バブル経済当時の労働運動と高度経済成長期の労働運動とでは意味合いも規模も異なるのだから、戦後世代を一括りに論じるのには問題がある。ある程度、論者のよって立つ視点を受け入れつつ、賛否を明確にしていかないと「言論」や「学問」はいつまでたっても高度化していかない。
 その意味では、現在安倍内閣が打ち出している憲法96条の改正と本書80ページ以降に展開されている「憲法」の著述は、面白い。
 著者は、憲法について、①共同の意思によって生み出されたものとみる説と、②憲法固有の体系を重視する説を紹介し、著者自身が②を支持する理由を展開する。安倍内閣など保守派の多くがよって立つのが①の立場で、これはGHQなどアメリカによって作成された憲法であって、日本国民の「共同の意思」がないから改正すべきという流れになる。一方、②の立場でいえば、憲法の条文をもとに膨大な判例や解釈が積み上げられており、すでにそうした解釈を込みにして考えれば、ひとつの立派な体系を有しているという考え方になる。著者は近代国家では、政教分離が原則であって①の立場では言論の多様性がそこなわれ、軍事力の行使につながっていくという議論展開をたどる。

 このあたりは、個人的にはいろいろ疑問をもつところで、たとえばヨーロッパではキリスト教によってたつ政党がないわけではないし、形式的にフランスでは政教分離が徹底されているといってもやはりカソリックの国だなあ、と感じるところは多々ある。祭祀国家が軍事国家につながるという論拠もあやしい。近代国家の歴史ですら18世紀後半にフランスが誕生してからさほどの歴史があるわけではないが、宗教問題よりも経済問題で戦争に走った国のほうが多いようにも思える。ただこうした疑問や反論をすべて可能な書籍であるという点に、実はこの新書の意義がある。政治が生の人間の営みの結果である以上、原理原則で一貫していなければならないということはない。「私はこう思う。しかし反論は受け入れる」、強い論理で一貫しつつも、そこかしこにみえる著者のそうした慎ましさが好ましい。
 
 

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