2013年5月21日火曜日

解剖アベノミクス(日本経済新聞出版社)

著者:若田部昌澄 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2013年 本体価格:1500円
 今日の毎日新聞の報道では景気の上向きを実感しない人がだいたい8割という。金融緩和・財政政策・成長戦略の効果が、企業や家計の消費・投資行動を促進して物価が上昇、さらに賃金が上昇するのにはそれなりのタイムラグが必要となる。「もし」、アベノミクスが成功するのであっても、好景気が家計単位で実感されるのには2~3年はかかるのではなかろうか。
 さて、この本はかねてより日本銀行による金融緩和を支持していた若田部昌澄先生の本。世間的にはリフレ派と目されているが、アベノミクスの考えられるリスクについても触れ、反リフレ派の議論も丹念に検討されている。政府の産業政策についても否定的な見解を紹介したうえで、とりうべき成長戦略について検討。書店では現在アベノミクスの解説をおこなう書籍があふれているが、もっとも内容的に完成度の高い書籍と感じる。内容的にはやや難し目で、初歩的なマクロ経済の知識がないと、財政政策の乗数効果が意外に低いといった議論がすんなりは読み込めない可能性はある。ただ初歩的な文言についてはすべて解説がふされているので、別途経済学の入門書を読まなくても第1編さえ読めば対応できるような構成になっている。
 金融が緩和されると一般には物価水準が上昇するということになる。資本(資金)や労働力が完全に有効に使い果たされる長期の状態では、商品やサービスなどの産出量は労働市場で決定され、利子率は財やサービスの市場で決定されるため、貨幣市場で決定されるのは物価水準ということになる(貨幣数量説)。著者の立ち位置はこの貨幣数量説にある程度よっているように思えた(64ページ)。M=kPYという数式で表現できる考え方で(M:マネーサプライ、kは貨幣の流通速度、Pは物価水準、Yは名目GDP)、貨幣数量説の立場にたつとkはほぼ一定でYは財市場で決定されるため、左辺のMが増加すればPが増加するという考え方になる。財政政策を重視するケインジアンなどの立場からは、貨幣の流通速度もYの変化によって変化すると考えるのでこの数式には依拠しない。おそらくアベノミクスに肯定的な学者や政治家が貨幣数量説、必ずしも効果が期待できないとしている立場がケインジアン的な立場なのか、と感じた。著者は物価と賃金の上昇には正の相関関係がある(81ページ)としているので、マネーサプライ(マネーストック)を増加させる→物価が上昇する→賃金が上昇する→消費・投資活動が活発化する→…という循環を意識していることは間違いないようだ。ただ物価が上昇したら本当に賃金が上昇するのか?という疑念がこの本でぬぐえたとは思えない。ひとつには中小企業と大企業の取引関係が近代経済学的関係というよりも社会学的な関係であるため、価格上昇を取引先に転嫁しづらい構図がある。海外から仕入れた商品や部品の価格上昇を販売価格に転嫁できずに自社内部での負担にしてしまうという構図まではケインズもマネタリストも考えていないはずだが、日本ではそうした取引の構図がある。となると、円安が必ずしも社会全体の賃金上昇につながるとは思えない。もしアベノミクスに破綻があるとすると、物価水準は理論どおりあがっていったが、賃金だけは上がらず、失業率も改善されず、一部の大企業と公務員のみ所得が上昇して格差が拡大していった…という展開ではなかろうか。「今」がすぐある程度読み取れ、しかも読者自身があれこれ日々の新聞を活用して仮説をたてる基礎もこの本は与えてくれる。批判はいろいろでてくるかもしれないが、1,500円は安い。もっと値上げしてもよいくらいだ。

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