2013年5月29日水曜日

日本経済を壊す会計の呪縛(新潮社)

著者:大畑伊知郎 出版社:新潮社 発行年:2013年 本体価格:680円
 新潮社新書で会計を取り扱った新書としては田中弘先生の「時価会計不況」がある。取得原価主義会計から時価主義会計へ移行が進む過程で、時価評価の危険性や社会的影響を指摘した新書だった。この本ではそれからさらに時代が進み、税効果会計や退職給付会計などが日本基準に組み込まれた段階で、いわゆる国際会計基準の影響を極力排除して取得原価主義会計の体系に財務諸表を戻し、時価情報は注記などで情報提供するべきだ、という著者の持論が述べられる。
 会計基準はルールで、企業経営は経済的実態をそのルールにしたがって財務諸表を通じて描写する。しかしかつての取得原価主義の時代から企業会計原則などよりも税法基準に実際の企業経営が影響され、税法基準にあわせて企業の財務諸表を作成するという「逆選択」が頻繁にみられていた。現在では、かつての税法基準が国際会計基準に入れ替わっただけではないか、というのが著者の主張と個人的には解釈している。雇用調整や消費活動や投資活動の抑制についても、原因の一つに国際会計基準の影響を受けたいわゆる新会計基準があるのではないか、という著者の指摘がある意味では正しいように思える。その一方で繰延税金資産などを税効果会計にもとづいて計上することで、流動比率が向上したり、金融機関の自己資本比率が向上したりといったプラスの面もある。退職給付会計基準にしても、将来膨大なキャッシュアウトフローが発生するのは間違いないのに、かつての取得原価基準ではその「隠れ負債」が貸借対照表には計上されず、いわば日本的経営の名によって、将来の支出を隠したままの投資家情報が開示されていた。取得原価主義の時代の證券アナリストの仕事は今よりも原始的で、そうした隠れた債務を外部で計算して投資家に情報提供することだったとも思える。その意味では、今の日本基準は確かに不況の要因のひとつであったかもしれないが、企業経営の向上や投資家の適切な意思決定に有用性があるというプラスの面もある。
 5月28日の日本経済新聞の報道では、将来の国際的調和にそなえて日本基準と国際会計基準の折衷案を金融庁が策定し、当面は国際会計基準の強制適用はみおくって、その折衷案で上場企業の財務諸表を作成するという案があるようだ。「足して2で割る」という日本的発想のあらわれともいえるが、いずれにせよ世界が資産負債アプローチや割引現在価値を重視する体系に移動しているのだから、それに乗り遅れるわけにもいかない。折衷案でまず国際会計基準と日本基準の相容れない部分(のれんの減損処理など)について折衷案でならしていくというのは、日本の国民経済にとってもベターなことではなかろうか。

 内容的には簿記の知識がないとちょっと読み進めるのに苦労するかもしれない新書。会社の経営がうまくいっているときには税効果会計は非常に良い数字を生み出すが、逆に損失がでると繰延税金資産の取り崩しなどでダブルで企業経営を悪化させるという仕組みなど実践的な説明も多い。

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