2009年5月25日月曜日

男の隠れ家を持ってみた(新潮社)

著者:北尾トロ 出版社:新潮社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
 まさか「天下の新潮社」がこうしたある意味では売れそうもない、さらに何もドラマティックなことがおきない中年男性のアパート暮らしを発行するとは思ってもみなかったが、読んでみてわかったのは何もないことが淡々とつづられているがゆえに実はとてつもなく面白い本になっているということ。担当編集者や営業などでもなんらかの会議がもたれたのではないかと推測するが「何も起きないってけっこう新しい」ということになったのではないだろうか。これまで地域に密着していた(個人的にもなじみの深い西荻窪)を離れて、独身時代を含めてまったく縁がないA区のアパートを借りての二重生活。そこで夢みたのは、ペンネームや職業を離れた別のコミュニティだった…。が、著者はまずお酒が弱いという難点があるうえに賭け事に熱中するタイプでもなく、さらに中年男性必須のテーマである「プロ野球」にもほとんど興味も知識もない。さらには「セックスには淡白」という告白もあり、シモネタも基本的に苦手。ということで居酒屋に入っての会話に挑戦するくだりはなかなか読者としてもスリリングな展開だ。世間的に「プロ野球」や「天気」の話題というのは政治も宗教もからまないのでまずおさえておくべきアイテムだがそのスキルがないのだから、当然当初の計画は難航する。そのうち新しい環境よりももとの自分の環境のほうでさまざまな問題が逆に発生してくる…。
 「効率性」とか「計画性」といったものがまるでないこういう企画、個人的には大好き。もともと「裏モノLAPAN」に連載されていたものがこうして文庫本にまとまったわけだが、通読してみるとやはり「意味」はない。ただし日常生活をたんたんと真面目に生きること、うすっぺらな好奇心では生活なんてできないこと…なんてあたりまえのことかもしれないが、その日常的な「あたりまえさ」が再認識できるという仕組みになっている。けっしてベストセラーになるような本ではないが、平成の一つの時代を切り取った「実験」として息の長いロングセラーになって欲しい本。

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