著者名;日本の論点編集部 発行年(西暦);2005 出版社;文藝春秋
地方分権や治安、教育、年金問題などの10年後の予測の本。予測というよりも少子高齢化と財政問題は確実に到来する未来なので、予測というよりも現実と考えるべきだろう。ただ時代はいつも「あるべき理論」と現実と取り違えて報道する。派遣社員問題については新しい働き方として奨励していたのが大手マスコミではなかったか。これから何か報道されるのであれば、やはり相当慎重に時代を分析していくべきだろう。住宅ブームなどもそうだが無責任に予測や雰囲気をかもし出すわりには、案外その後の責任はとらないのがマスコミだ。今後労働者の国際化とか財政赤字の問題なども紹介されているが、さて。話半分程度で読んでおくべき本かなあ、やはり、という気分。
かなりいろいろな分野の書籍を読みますが、まずはビジネス関連書籍を中心に…なお個人的な☆印ですのであまり御参考にはなさらず…自分の好きな本を読んで好きなように活用していただく一助になればと思います。現在合計で2143冊の書籍についてアップロードしています_¢(0-0ヘ)。そろそろ「タグ」をまめにつけて整理していこうかな、と考えています。順不同ですがそのうちに分類基準を決めていきます【^_^】 「濫読」ではあるのですが、定期的に 1.民法・会社法 2.財務会計 3.近代経済学 4.流通・マーケティング 5.世界史関係 の書籍は読むようにしています。
2007年11月1日木曜日
進化しすぎた脳
著者名;池谷裕二 発行年(西暦);2004 出版社;朝日出版社
アメリカ留学中の30代の科学者による脳研究の紹介。ニューヨーク在住の高校生8人との対話と通じて脳についての講演4回分を収録。身体が脳に与える影響、言葉が脳に与えている影響(抽象概念は言葉が作ったとする仮設)、見るとは物事をゆがめる行為であるとする説、記憶による物事の汎化など柔軟性にとんだ脳の働きをぎっしり紹介。βアルチノイドなどアルツハイマーなどの病気についても説明されており、非常に知的刺激を受けると同時に進化の枠をこえて長生きをするようになった人間の逆進化についても考えさせられる。名著といってもいいのかもしれない。
アメリカ留学中の30代の科学者による脳研究の紹介。ニューヨーク在住の高校生8人との対話と通じて脳についての講演4回分を収録。身体が脳に与える影響、言葉が脳に与えている影響(抽象概念は言葉が作ったとする仮設)、見るとは物事をゆがめる行為であるとする説、記憶による物事の汎化など柔軟性にとんだ脳の働きをぎっしり紹介。βアルチノイドなどアルツハイマーなどの病気についても説明されており、非常に知的刺激を受けると同時に進化の枠をこえて長生きをするようになった人間の逆進化についても考えさせられる。名著といってもいいのかもしれない。
プロが教える中小企業の新「会社法」対策
著者名;鳥飼重和・内田久美子 発行年(西暦);2005 出版社;TKC出版
合計で135問の疑問に解答をつける形式になっているが、これまで読んだ本の中でも出色の出来の解説書だと思う。対称を中小企業に絞っているからかもしれないが、合併の対価の柔軟性など実務に即した解説がなされており、きわめて理解しやすい。非公開会社ではおそらく新たな株主を迎えることに不安があるはずだが、対価を株式以外にすると組織再編がきわめてやりやすくなるのはこの本のとおり。さらに存続会社の株主総会の決議要件について、消滅会社の株主への財産額が存続会社などの純資産額の5分の1を超えない場合には、株主総会の承認が不要という規定もある。旧商法では20分の1だったから企業の再編は本当にやりやすくなったといえるだろう。合併や買収などによって逆に企業生命が延命する会社もでてくると考えられるのでこれまで大企業中心の合併などが一挙に非公開会社や中小企業にも道がひらかれたと考えられるだろう。こういう実務中心の解説から逆に大企業のあり方なども垣間見えて、非常に興味深い内容。会計参与についてもいろいろな指摘がなされておりお勧めの一冊ということになるだろう。価格が2200円というのは確かに厳しいのだが…
合計で135問の疑問に解答をつける形式になっているが、これまで読んだ本の中でも出色の出来の解説書だと思う。対称を中小企業に絞っているからかもしれないが、合併の対価の柔軟性など実務に即した解説がなされており、きわめて理解しやすい。非公開会社ではおそらく新たな株主を迎えることに不安があるはずだが、対価を株式以外にすると組織再編がきわめてやりやすくなるのはこの本のとおり。さらに存続会社の株主総会の決議要件について、消滅会社の株主への財産額が存続会社などの純資産額の5分の1を超えない場合には、株主総会の承認が不要という規定もある。旧商法では20分の1だったから企業の再編は本当にやりやすくなったといえるだろう。合併や買収などによって逆に企業生命が延命する会社もでてくると考えられるのでこれまで大企業中心の合併などが一挙に非公開会社や中小企業にも道がひらかれたと考えられるだろう。こういう実務中心の解説から逆に大企業のあり方なども垣間見えて、非常に興味深い内容。会計参与についてもいろいろな指摘がなされておりお勧めの一冊ということになるだろう。価格が2200円というのは確かに厳しいのだが…
一瞬で空気を変えるバカ
著者名;和田秀樹 発行年(西暦);2005 出版社;ビジネス社
タイトルとは裏腹に内容は日本人の集団原理ともいえる「空気」をいかに支配するかというあたりに焦点があたる。論理的に正しいかどうかではなく、集団を支配する「空気」をいかに支配するか、という一種の「技」の話だが、保守的な人を中心にこの「空気」の重要性を当初から認識している人は非常に強い。小泉内閣もその一例で、論理的には郵政民営化反対の人の言い分にもそれなりの論理的根拠はあったが、「空気」を読むことと支配することに負けたと思う。この空気の流れが読めないと、いらないところで論理を主張するあまり集団全体の支持を得られなくなることは実は多い。会社でもおそらくいろいろな小集団を支配する空気があるが、その空気を読んで行動することが最大の目的となる。これから日本社会がいかに変化しようとある程度の根回しなどの作業は当然必要になるだろうし、また空気を読む努力を続けることも重要になるだろう。往年の山本七平の論文をもとにさらに現代風にアレンジした内容だが、きわめてプラクティカル。営業などの業種では特に「空気」を読むといった作業は必要になるし、それ以外の会議や取締役会などでも空気を読む作業は重要になる。おそらくこの本では言及されていないがEQを育成するプログラムが日本でいう「空気」を読むトレーニングにつながるのではないだろうか。
タイトルとは裏腹に内容は日本人の集団原理ともいえる「空気」をいかに支配するかというあたりに焦点があたる。論理的に正しいかどうかではなく、集団を支配する「空気」をいかに支配するか、という一種の「技」の話だが、保守的な人を中心にこの「空気」の重要性を当初から認識している人は非常に強い。小泉内閣もその一例で、論理的には郵政民営化反対の人の言い分にもそれなりの論理的根拠はあったが、「空気」を読むことと支配することに負けたと思う。この空気の流れが読めないと、いらないところで論理を主張するあまり集団全体の支持を得られなくなることは実は多い。会社でもおそらくいろいろな小集団を支配する空気があるが、その空気を読んで行動することが最大の目的となる。これから日本社会がいかに変化しようとある程度の根回しなどの作業は当然必要になるだろうし、また空気を読む努力を続けることも重要になるだろう。往年の山本七平の論文をもとにさらに現代風にアレンジした内容だが、きわめてプラクティカル。営業などの業種では特に「空気」を読むといった作業は必要になるし、それ以外の会議や取締役会などでも空気を読む作業は重要になる。おそらくこの本では言及されていないがEQを育成するプログラムが日本でいう「空気」を読むトレーニングにつながるのではないだろうか。
皇女アナスタシアは生きていたか
著者名 ;桐生操 発行年(西暦);1996 出版社;福武書店
「鉄仮面」の題材となったルイ13世とその妻アンヌの謎、フランス革命の嵐の最中、マリー・アントワネットの息子ルイ17世がすりかえられて生き延びたのではないかという伝説、この手の本では必ず取り上げられるカスパール・ハウザー、皇女アナスタシア、そして1978年のヨハネ・パウロ1世といった5人について語られる。鉄仮面の本性についてはルイ13世が性的に不能だった(らしい)ことから、アンヌが産み落とした双子の片割れという説もあるが、このあたりはどうとでも理屈はつくのであまり面白みがない。ルイ17世はルイ16世やマリー・アントワネットの断頭台での死刑とルイ18世の王政復古の狭間でいかにもありそうな話で興味がある程度はわく。ブルボン王朝の血筋というのがこの時期、特に国際的承認が必要なフランス革命政府にとってはそれなりの重要性は当然あっただろうからすり替え説というのも信憑性があるだろう。カスパール・ハウザーについてはコリン・ウィルソンの「世界不思議百科」のほうが面白いし歴史的考察も深い。皇女アナスタシアについては、おそらくこれは都市伝説の一つなのだろう。ただ当時の国際状況の分析がわかりやすい。ロシア皇女のアレクサンドラは祖母がヴィクトリア女王。ということで当時のドイツのウィルヘルム2世とは従弟同士という関係にある。ロシア革命成立後もウィルヘルム皇帝は革命政府にドイツの血をひく皇女とその娘の引渡しを求めていたらしい。1918年にドイツ大使館に押し入った革命党員がドイツ大使を暗殺するという事件が起きるが、レーニンはドイツ大使館に赴いて陳謝している。この事件をきっかけにドイツとロシアの国際関係は悪化。さらに国内の過激派の鎮圧という内外の敵にレーニンは苦慮することになる。この情勢で皇女やアナスタシアを処刑するという行動にはレーニンは確かにでないだろう。最終的にボルシェビキは皇帝を処刑することで国内過激派をなだめ、皇后や皇女についてはドイツに引き渡すことで国際関係を維持しようとしたのではないか、と桐生は推測する。ただ1918年9月以後、ドイツでは国内に革命が勃発し、ウィルヘルム皇帝自身が亡命せざるをえなくなる。この時点で皇后や皇女を国際外交のカードにする必要性はなくなる。さらにその後ソビエトではいわゆる「赤色テロ」が過激化し、1919年9月にはロマノフ王朝の血筋をひく4人の大公が暗殺されるほか、旧体制側の人間が秘密警察によって殺されるという事件が相次ぐ。常識的にはこの時点でアナスタシアも処刑されたと考えるべきだろう。にもかかわらず自称アナスタシアが姿を現すのは、おそらくロマノフ王朝という存在が憎まれつつも、レーニンとは違った意味での統治性を維持していたことに民衆が気がつき始めていたからかもしれない。秘密警察が跋扈し、処刑が相次ぐ世相の中で、労働者独裁というマルクス主義では予想もしないバケモノ国家がそれ以後成長していく。その方向性の間違いに一番早く気がついていたのはおそらく当の市民階級・労働者階級そして農民だったのかもしれない。
「鉄仮面」の題材となったルイ13世とその妻アンヌの謎、フランス革命の嵐の最中、マリー・アントワネットの息子ルイ17世がすりかえられて生き延びたのではないかという伝説、この手の本では必ず取り上げられるカスパール・ハウザー、皇女アナスタシア、そして1978年のヨハネ・パウロ1世といった5人について語られる。鉄仮面の本性についてはルイ13世が性的に不能だった(らしい)ことから、アンヌが産み落とした双子の片割れという説もあるが、このあたりはどうとでも理屈はつくのであまり面白みがない。ルイ17世はルイ16世やマリー・アントワネットの断頭台での死刑とルイ18世の王政復古の狭間でいかにもありそうな話で興味がある程度はわく。ブルボン王朝の血筋というのがこの時期、特に国際的承認が必要なフランス革命政府にとってはそれなりの重要性は当然あっただろうからすり替え説というのも信憑性があるだろう。カスパール・ハウザーについてはコリン・ウィルソンの「世界不思議百科」のほうが面白いし歴史的考察も深い。皇女アナスタシアについては、おそらくこれは都市伝説の一つなのだろう。ただ当時の国際状況の分析がわかりやすい。ロシア皇女のアレクサンドラは祖母がヴィクトリア女王。ということで当時のドイツのウィルヘルム2世とは従弟同士という関係にある。ロシア革命成立後もウィルヘルム皇帝は革命政府にドイツの血をひく皇女とその娘の引渡しを求めていたらしい。1918年にドイツ大使館に押し入った革命党員がドイツ大使を暗殺するという事件が起きるが、レーニンはドイツ大使館に赴いて陳謝している。この事件をきっかけにドイツとロシアの国際関係は悪化。さらに国内の過激派の鎮圧という内外の敵にレーニンは苦慮することになる。この情勢で皇女やアナスタシアを処刑するという行動にはレーニンは確かにでないだろう。最終的にボルシェビキは皇帝を処刑することで国内過激派をなだめ、皇后や皇女についてはドイツに引き渡すことで国際関係を維持しようとしたのではないか、と桐生は推測する。ただ1918年9月以後、ドイツでは国内に革命が勃発し、ウィルヘルム皇帝自身が亡命せざるをえなくなる。この時点で皇后や皇女を国際外交のカードにする必要性はなくなる。さらにその後ソビエトではいわゆる「赤色テロ」が過激化し、1919年9月にはロマノフ王朝の血筋をひく4人の大公が暗殺されるほか、旧体制側の人間が秘密警察によって殺されるという事件が相次ぐ。常識的にはこの時点でアナスタシアも処刑されたと考えるべきだろう。にもかかわらず自称アナスタシアが姿を現すのは、おそらくロマノフ王朝という存在が憎まれつつも、レーニンとは違った意味での統治性を維持していたことに民衆が気がつき始めていたからかもしれない。秘密警察が跋扈し、処刑が相次ぐ世相の中で、労働者独裁というマルクス主義では予想もしないバケモノ国家がそれ以後成長していく。その方向性の間違いに一番早く気がついていたのはおそらく当の市民階級・労働者階級そして農民だったのかもしれない。
男と女のゼニ学
著者名;青木雄二 発行年(西暦);1997 出版社;ワニブックス
「訴える」という言葉が日常的に使われるようになった時代、それでもおそらく民事裁判で判決までいくのは相当に珍しく、たいていが和解が示談で終了。実際には裁判開始前に示談で終了するケースがほとんどだろう。一つには判決まで待ってもたいていが社会的調和のもと常識的なレベルでの司法判断がでるためで、それならお互い痛みわけというのが常識的なライン。ただいったん判決がでてから控訴までいくとたいてい最高裁までいく。それはもう面子の問題で金銭とか時間の浪費とかいうレベルの話ではないからだ。
この本ではさまざまな経済犯罪の事例を取り扱っているのだが、民事裁判で争っていた者が刑事裁判に切り替えるところまで描写してくれている。著者はすでにお亡くなりになっているが、スリランカ女性を集団で詐欺にはめた長野県の何某結婚斡旋団体などはその知能的な犯罪に対して適用されたのは当時の公正証書不実記載および同行使で略式起訴で罰金20万円。刑事裁判の後にそのスリランカ女性が民事裁判での損害賠償請求で1200万円という判決の例がある。
ここから先が著者の鋭いところだが詐欺師の手順について「人間はだれでも今の生活より一歩上の生活をしたいと願っている」「詐欺師やペテン師はそこにつけこむ」と喝破している。そしてさらに「人間が人間であるかぎり詐欺はなくならない」としているのだが、どんな大企業の経営者であれ官僚であれ、基本的には人間、男と女がになっていると分析する著者にしてみれば、旧日本興業銀行を舞台にした1000億円融資事件についてもさほど驚く様子もみせない。
このあたりの人間の「苦しさ」みたいなものは相変わらずで、今日のニュースでは約200万円相当額を「窃盗」した中学生が逮捕(窃盗罪は10年以下の懲役)。東京の地下鉄構内で発生したセクハラだが、これは民事裁判の慰謝料がだいたい約50万円ぐらい。離婚裁判では、有責配偶者は無籍配偶者に対して慰謝料が請求される可能性がある(裁判官と調停員の査定がおこなわれるが数百万円になるケースも。数十万円から100万円程度が相場か)。一種結果だけ考えれば非合理な行動にも思えるのだが「分をわきまえる」ということを著者は訴える。「値段が高い以上に長持ちするものがある。だからきちんとした品物を年収に応じて選らんでいるのなら問題がない」というありきたりにみえて非凡な結論を出してくれる。「人間の生活には山があって谷がある。ええときがあって悪いときもある。それをわかっているのが賢い女」「賢い人間は、生きていくうえで自分の分に合った夢と希望を描く。けっして分をすぎた夢をいだくことはない」。な~んかいい言葉だ。
「訴える」という言葉が日常的に使われるようになった時代、それでもおそらく民事裁判で判決までいくのは相当に珍しく、たいていが和解が示談で終了。実際には裁判開始前に示談で終了するケースがほとんどだろう。一つには判決まで待ってもたいていが社会的調和のもと常識的なレベルでの司法判断がでるためで、それならお互い痛みわけというのが常識的なライン。ただいったん判決がでてから控訴までいくとたいてい最高裁までいく。それはもう面子の問題で金銭とか時間の浪費とかいうレベルの話ではないからだ。
この本ではさまざまな経済犯罪の事例を取り扱っているのだが、民事裁判で争っていた者が刑事裁判に切り替えるところまで描写してくれている。著者はすでにお亡くなりになっているが、スリランカ女性を集団で詐欺にはめた長野県の何某結婚斡旋団体などはその知能的な犯罪に対して適用されたのは当時の公正証書不実記載および同行使で略式起訴で罰金20万円。刑事裁判の後にそのスリランカ女性が民事裁判での損害賠償請求で1200万円という判決の例がある。
ここから先が著者の鋭いところだが詐欺師の手順について「人間はだれでも今の生活より一歩上の生活をしたいと願っている」「詐欺師やペテン師はそこにつけこむ」と喝破している。そしてさらに「人間が人間であるかぎり詐欺はなくならない」としているのだが、どんな大企業の経営者であれ官僚であれ、基本的には人間、男と女がになっていると分析する著者にしてみれば、旧日本興業銀行を舞台にした1000億円融資事件についてもさほど驚く様子もみせない。
このあたりの人間の「苦しさ」みたいなものは相変わらずで、今日のニュースでは約200万円相当額を「窃盗」した中学生が逮捕(窃盗罪は10年以下の懲役)。東京の地下鉄構内で発生したセクハラだが、これは民事裁判の慰謝料がだいたい約50万円ぐらい。離婚裁判では、有責配偶者は無籍配偶者に対して慰謝料が請求される可能性がある(裁判官と調停員の査定がおこなわれるが数百万円になるケースも。数十万円から100万円程度が相場か)。一種結果だけ考えれば非合理な行動にも思えるのだが「分をわきまえる」ということを著者は訴える。「値段が高い以上に長持ちするものがある。だからきちんとした品物を年収に応じて選らんでいるのなら問題がない」というありきたりにみえて非凡な結論を出してくれる。「人間の生活には山があって谷がある。ええときがあって悪いときもある。それをわかっているのが賢い女」「賢い人間は、生きていくうえで自分の分に合った夢と希望を描く。けっして分をすぎた夢をいだくことはない」。な~んかいい言葉だ。
沈まぬ太陽①アフリカ編(上)
著者名;山崎豊子 発行年(西暦);2000 出版社;新潮社
「沈まぬ太陽」がベストセラーになり、文庫化されて5年。購入したものの実は読むのが非常に辛そうな分野でためらっていた。主人公は「東都大学」を優秀な成績で卒業後、特殊法人から民間企業化された航空会社へ赴任。とある偶然で組合の委員長に就任し、劣悪な労働条件や縁故採用、幹部の腐敗などをストライキなどの手段を用いて会社側と交渉する。その最中に副委員長を務めていた大学の同期は会社側に篭絡され、片方はパキスタンのカラチ支店、片方はサンフランシスコ支店への人事異動が発令される…。山崎豊子の小説はこれまでにも「白い巨頭」「華麗なる一族」と読んできて類稀な才能をもつ小説家だと思う。おそらくは実在する何某航空会社に対して綿密な取材を行い、あくまで架空の企業という設定で、この小説を書き上げたのだろう。この第1巻では、組合交渉で労働者の権利を訴え続け、空の安全と営利主義の対立を描写しつつ、そこに人間模様をからめて、主人公がテヘラン支店にさらに異動させられる場面まで描く。おそらく「面白い」というよりも「辛い」と思うのは、会社側の論理も実はよくわかるし、労働者の権利や労働条件の改善といった主張を貫く主人公の論理もわかるからだ。当時の経済状況ではおそらく運輸省からの補助金も組合側の主張をくみとるほどはでていなかったであろうし、とはいえ賃金や休暇を抑制して情実人事を繰り返す企業ではいつ「空の事故」が起きても不思議ではない事情ではあったろう。そしてこの対立命題はおそらく「完成された資本主義」の時代になるまで経営者・労働者それぞれの立場で調和を夢見つつも乗り越えられない壁のような問題となる。マルクス主義者であれば「対立が新たな調和へ」といった安易な「アウフヘーベン論」で片付けてしまうが、それほどこの問題は安易な棚上げで終わる問題ではない。相互の歩み寄りと、そしてどうしても人間がからむだけにドロドロしたドラマは当時の日本ではあちこちでくりひろげられていたはずだ。なによりもこの小説がベストセラーになったのは、だれしもが思い当たる「事件」が実際に発生していたからではなかったか。思わぬ赴任先でやる気をなくしているのは、主人公の飾られたストーリーの脇役の役目だが、その脇役にもそれぞれ言い分はおそらくあるという事実。その事実が非常に重たくのしかかる。
主人公はアフリカで象の狩猟をしつつも、日本での理念を貫いた自分に後悔はしていない。そして労働条件の改善を訴えつつも、無遅刻・無欠席・成績優秀といった仕事ぶりで仕事をかたづけ、アフリカの地にいながらも業界全体の視点にたった発言を展開する。これがなかなかできないのだが、そのできないことを理想像として提出したのがこの小説の功績だろうか。航空便の営業会議などどこの会社でもありそうな議論展開で、ものいえば唇寒しの雰囲気の中でそれぞれの思惑が交錯する場面の描写はあまりにもリアリティにあふれている。
よくいえば理想主義者、悪く言えば「ものわかりの悪い」人物がカラチから個人的な約束や人間関係を断ち切られつつ、テヘランに赴任する状況ではどうしてもこの次の展開も相当に暗い。酒場で同僚から酒を浴びせられたりといった暗い描写が続く中、それでも「諦めない」「頑張る」といった姿は往年の「少年ジャンプ」のストーリーのようだ。その主張に必ずしも賛同するわけではないが、それでも不思議な魅力のある主人公の「サラリーマン」生活はまだこの後数十年続く…。
「沈まぬ太陽」がベストセラーになり、文庫化されて5年。購入したものの実は読むのが非常に辛そうな分野でためらっていた。主人公は「東都大学」を優秀な成績で卒業後、特殊法人から民間企業化された航空会社へ赴任。とある偶然で組合の委員長に就任し、劣悪な労働条件や縁故採用、幹部の腐敗などをストライキなどの手段を用いて会社側と交渉する。その最中に副委員長を務めていた大学の同期は会社側に篭絡され、片方はパキスタンのカラチ支店、片方はサンフランシスコ支店への人事異動が発令される…。山崎豊子の小説はこれまでにも「白い巨頭」「華麗なる一族」と読んできて類稀な才能をもつ小説家だと思う。おそらくは実在する何某航空会社に対して綿密な取材を行い、あくまで架空の企業という設定で、この小説を書き上げたのだろう。この第1巻では、組合交渉で労働者の権利を訴え続け、空の安全と営利主義の対立を描写しつつ、そこに人間模様をからめて、主人公がテヘラン支店にさらに異動させられる場面まで描く。おそらく「面白い」というよりも「辛い」と思うのは、会社側の論理も実はよくわかるし、労働者の権利や労働条件の改善といった主張を貫く主人公の論理もわかるからだ。当時の経済状況ではおそらく運輸省からの補助金も組合側の主張をくみとるほどはでていなかったであろうし、とはいえ賃金や休暇を抑制して情実人事を繰り返す企業ではいつ「空の事故」が起きても不思議ではない事情ではあったろう。そしてこの対立命題はおそらく「完成された資本主義」の時代になるまで経営者・労働者それぞれの立場で調和を夢見つつも乗り越えられない壁のような問題となる。マルクス主義者であれば「対立が新たな調和へ」といった安易な「アウフヘーベン論」で片付けてしまうが、それほどこの問題は安易な棚上げで終わる問題ではない。相互の歩み寄りと、そしてどうしても人間がからむだけにドロドロしたドラマは当時の日本ではあちこちでくりひろげられていたはずだ。なによりもこの小説がベストセラーになったのは、だれしもが思い当たる「事件」が実際に発生していたからではなかったか。思わぬ赴任先でやる気をなくしているのは、主人公の飾られたストーリーの脇役の役目だが、その脇役にもそれぞれ言い分はおそらくあるという事実。その事実が非常に重たくのしかかる。
主人公はアフリカで象の狩猟をしつつも、日本での理念を貫いた自分に後悔はしていない。そして労働条件の改善を訴えつつも、無遅刻・無欠席・成績優秀といった仕事ぶりで仕事をかたづけ、アフリカの地にいながらも業界全体の視点にたった発言を展開する。これがなかなかできないのだが、そのできないことを理想像として提出したのがこの小説の功績だろうか。航空便の営業会議などどこの会社でもありそうな議論展開で、ものいえば唇寒しの雰囲気の中でそれぞれの思惑が交錯する場面の描写はあまりにもリアリティにあふれている。
よくいえば理想主義者、悪く言えば「ものわかりの悪い」人物がカラチから個人的な約束や人間関係を断ち切られつつ、テヘランに赴任する状況ではどうしてもこの次の展開も相当に暗い。酒場で同僚から酒を浴びせられたりといった暗い描写が続く中、それでも「諦めない」「頑張る」といった姿は往年の「少年ジャンプ」のストーリーのようだ。その主張に必ずしも賛同するわけではないが、それでも不思議な魅力のある主人公の「サラリーマン」生活はまだこの後数十年続く…。
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