2017年12月14日木曜日

「ヒトの本性 なぜ殺し,なぜ助け合うのか」


著者:川合 伸幸 出版社:講談社 発行年:2015年 本体価格:760円
 人間(ヒト)も生物なので,その宿命から逃れることができない。経済学は合理的な人間を想定しているが,何万年にも及ぶ進化の歴史のなかで培われた特性は,なまじっかな情報通信科学の発達では変化することはないのだ。
 その意味では,今もなお続く人間の非合理的な行動の一部を,この新書は説明してくれる。「なんとなく良くない感じ」を人間は頼りに生きているという指摘はある意味,「救い」でもあり,倫理学や哲学の造詣がない一般人でも「倫理的に生きる」ことを示唆してくれている。

 で,一番面白いのが「第3章 性と攻撃性~男性の暴力,女性の仲間はずれ」。男性と男性が敵対した場合には,直接的に対決,場合によっては女性と女性が敵対したさいには暴力に結び付くケースは少ない。心理学者の植木理恵さんは,女性と女性の対立を評して「ガールズ・ウォー」と表現した(女性が女性と敵対した場合には直接的な対決ではなく,相手方の関係性を攻撃する。たとえばAちゃんと親しくしているBちゃんやC君に対してAちゃんと仲良くしちゃだめだよ…といった攻撃が関係性の攻撃である)。ま,確かに実際そういう傾向はあるのだが,その裏付けとなる論理がこの第3章で紹介されている。
 87ページに記述されている内容だが,進化論的に女性は「繁殖」を成功させるためには暴力による直接的な対決を避けるのが合理的となる。その結果,「間接的な攻撃」として「仲間外れ」が多くなるというわけだ。88ページの実証研究では,「女性のほうが男性よりも,自分の友人が新たな友人関係を築くことに嫉妬しやすい」とされており,特に女性が「仲間はずれ」など攻撃性を発揮しやすいのは「資源を取り合う状況」にあるときだという(資源は男性であることもあればお金などのこともある)。で,興味深いのはこれは人間だけなくチンパンジーもそうなのだという。これもまた進化の歴史で説明できるというが,人間はやはり「生物」なのだな,と実感する。

 では人間はいがみあい,闘争ばかりするだけの生物なのだろうか…というとラストで著者は「そうでもない」と希望に満ちた結論を示す。もしろん人間はもともと攻撃的で暴力的だ,という言説もあるのだが,「むしろ人間は(無償で)助け合う本能がある」という説が有力であることが紹介されている。これもまた進化の歴史の流れで説明されている(極端に利己的で闘争的な個体は進化の歴史のなかで集団から排除されてしまうため)。そして社会の維持に必要なのは「互恵性」という重要な指摘がなされる。もちろんこれらはまだ数値などで客観的に確定した「事実」ではないのだろう。今も世界中で戦争や闘争,紛争,仲間はずれに暴力は絶えない。しかし,おそらくは「なんとなく」人間は暴力が嫌いで「互恵性」を大事にする生物である気がする。この「なんとなく」という感じ,おそらく生物学にさほど詳しくなくても,生物としてのヒトが生き延びていくのに大事で重要な感覚ではないかと思う。

0 件のコメント: