2013年8月21日水曜日

スタバではグランデを買え!(筑摩書房)

著者:吉本佳生 出版社:筑摩書房 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:680円(文庫本)
 「価格戦略」をミクロ経済学の視点から解き明かした書籍。タイトルは「スタバではグランデを買え!」となっているのだが、これはミクロ経済学的には限界収入と限界費用の関係のお話だと個人的には解した。企業にとっては、限界費用と限界収入が一致する点で供給をおこなうのがベストの選択となる。その結論をコーヒーショップの価格戦略にあてはめて見事に解き明かす「語り口」が素晴らしい。
 ペットボトルのお茶の価格差異やテレビやデジカメの価格の低下傾向、100円ショップの安さの秘密といった話題をときには物流による品揃え機能(消費者にとっては取引コスト)や平均費用の概念で解説し、経済学だけではなく流通やマーケティング的な考え方も学べる。
 素材としてはやや古いテーマがあってもその考え方自体は、現実のさまざまな場面で応用がきく。たとえば、デジカメやテレビの価格戦略は、単行本による新刊を一定期間後に文庫本化し、さらに将来的には電子書籍化して広告料のみ徴収するといった価格戦略についてもあてはまるし、夜間電力料金と日中の電力料金の差はそのまま価格差別の議論があてはまる。書籍についても学生割引などがあってもいいのかもしれないなど、価格というのは考え出すといろいろ深いアイディアがわいてくる。
 この著者の吉本先生はもともとは某都市銀行に勤務されていた方。別の書籍では「仕組み債」や「外貨建て定期預金」の商品としての欠陥が指摘されており、非常に役立った。この本も読みやすい文章で深い考えが紹介されているので、これまで「価格」に興味がなかった人にも役立つことが多いだろう。グラフがかなり豊富に掲載されている点にも好感がもてる。

2013年8月5日月曜日

ジーン・ワルツ(新潮社)

著者:海堂尊 出版社:新潮社 発行年:2010年(文庫本) 本体価格:520円
 官僚を多数生み出す「帝華大学医学部」に務める曽根崎助教は、顕微鏡下体外受精を専門とし、講義のかたわら、新研修医制度や産婦人科希望の医者が激減した影響で閉院間近となっているマリアクリニックで診察もおこなっていた。そこに受診に訪れた5人の女性は,いずれも大きな問題を抱えていた‥。
 いわゆる「代理母」や新研修医制度による地域医療の衰退、産婦人科で実際に発生した医療事故をめぐる逮捕などをおりまぜつつ、「物語」はミステリー仕立ての見事な結末を迎える。しばしば、厚生労働省や日本産科婦人科学会などには批判的な意見を主人公が述べるが、確かに現場で妊婦を診察している医者と行政にたずさわる官僚とでは意見やものの見方が大きく異なってくるのはやむをえない面がある。この「行政の倫理」と「現場の医者の倫理」の対立点がまさしくこの物語の結末につながっていく。読者によっては、医療の論理に肩入れするケースもあるだろうし、逆にまた厚生労働省の論理にも一理も二里もあることは認めざるを得ない場面もでてくるだろう。私個人は、自分の目の前に代理出産を希望する人間がいないこともあるが、行政や司法の論理にもそれなりに尊重するべき部分が多いだろう、という立場だ。
 日本の場合、生物学的親子関係が法律的親子関係には必ずしもならない。代理懐胎そのものが国内では認められていないこともあって、最近はインドなど海外で代理懐胎をおこなうケースが増えているようだ。しかしその場合でも国内法では、生まれた子供の母親は「分ぺん」の事実によって判断される。これ、意外に非人情に聞こえそうだが、法律的親子関係を一義的に決めておかないと、遺産相続の問題や親権の問題などが確定できなくなるというデメリットがある。「子供が欲しいから代理懐胎した」というケースであっても、その後育児放棄や離婚などによって子供の帰属が宙にうくということも起こりかねない(いや、実際に発生している可能性がある)。遺伝子的に親子関係であっても、法律で「分ぺん」という事実関係以上に踏み込んで親子関係を認めていくには、まだまだ社会の基盤は未整備だ。もちろん未整備のままでいいわけではなく、遺伝子的親子関係を戸籍法などでも認めるならば、「代理母」と子供の関係や子供の養育義務をおう親権の中身をもっと厳密に定義するべきだろう。
 重たいテーマを扱っているにもかかわらず読後感は意外に軽い。主人公が重たい過去を引きずりつつもけっこう強気で前向きに、そしてしたたかに生きているせいか。

ファイアボールブルース(文藝春秋)

著者:桐野夏生 出版社:文藝春秋 発行年:1998年 本体価格:476円
 舞台は弱小女子プロレス会社。巡業と練習のはざまで突如発生する身元不明の殺人事件。看板プロレスラー火渡、通称ファイアボールがなぜかこの殺人事件に興味を示し、真相を探り出そうとする‥。種も仕掛けもわりと日常的でかつ平凡な組み合わせだが、プロレスに独自の哲学をもつ火渡がその哲学に即して生きようとして殺人事件の種明かしに至る自然なプロセスが見事。桐野夏生の作品は突如物語がダークサイドに転がって読後感が微妙なものになることもあるが、この作品に関してはそれもなし。でもこれ、「2」もあるから油断もできないが。
 主人公の「火渡」のプロレスに対する哲学は、作者の小説に対する「哲学」にオーバーラップする。「違うね。プロレスってのはいくらでも自分で変えていけるんだ。どうしてかっていうと、自分が作るものだからだよ。だけど団体が小さくて序列ができると決まりきったショウを作るしかなくなる。あたしはそれがいやなんだ。‥プロレスは全人格的なものだってことさ」は、プロレスをそのまま小説に置き換えれば通じるものだろう。ある種の「筋」に準じて女子プロレスの世界でいき、その筋に準じてゆ行方不明のプロレスラーを追いかける。なんだかむちゃくちゃこの主人公、かっこいい。