著者名;立花隆 発行年(西暦);1996 出版社;朝日新聞社
「脳」というのは不思議な器官で一番重要な器官であるにも関わらずその仕組みはブラックボックスのままだ。学問の研究の歴史から立花隆は振り返る。「それぞれの時代に学問全体を大きくひっぱってきたジャンル」が存在し、おそらくは今後は脳科学であろうというのだ。「ヒトは生まれながらにして知ることを欲している」と喝破したのはアリストテレスだが、立花隆はその欲求に忠実に実践しているともいえる。中世は暗黒の世紀ともいわれるがアリストテレスの哲学がキリスト教の神学のデータベースやシステム化をしたともいえる。思弁にたよった思想は事実に突き崩されるという視点から、優れた思想や科学が現実を逆に誘導する場面もあればその逆もあるという科学的考察を加える。脳科学は今後、哲学が領域を侵食され多角化した分野をさらに総合化・統合化する可能性もあるという論法だ。この脳科学はさらに情報処理システムにも応用される可能性があるし、「情や意が肯定的に動くかどうかで人間の幸せは左右される」のであるから、その仕組みを理解していこうという趣旨である。
かなり堅い、しかもおそらくは自然科学の用語のオンパレードだが、この類の書籍は呼んだときの自分なりに解釈してそれを後日実践に移せるかどうかにすべてがかかっている。たとえばおそらく基礎基本の反復演習というものがいかに重要かということは認識されているが、それがなぜかというと実はなかなか説明できない。同じ問題を繰り返し解くことに意味が見出せないということはいくらでもある。
しかしこの本ではシナプス可塑性という現象にもふれられている。最近いたるところで聞かれる用語だが、海馬の神経細胞の話である。海馬というのは短期記憶の貯蔵庫というように考えられているが、この部位の神経細胞には長期増強という独特の機能がある。シナプスに反復刺激を与えると信号のとおり具合が長期にわたってよくなるという現象だ。これが記憶の基本メカニズムではないかと考えられている。ただしこれはあくまでも仮説で「現象」として神経細胞のグルタミン酸受容体によってカルシウムチャンネルが開き、カルシウムイオンが神経細胞に取り込まれて記憶がよくなるということは少なくともいえるらしい。つまり牛乳というのは確かに記憶に悪いはずはないという結論になる。こうした脳内化学物質には多種多様なものがあるらしいが、存在は確認できても機能は確認できないというのが脳科学の難しいところだ。この受容体(レセプター)という概念が考えられたのは1950年代で仮説が立証されたのは1970年代。脳科学の深みと難しさを実感させてくれる。
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