2011年12月31日土曜日

どうやらオレたちいずれ死ぬつーじゃないですか(扶桑社)

著者:みうらじゅん リリー・フランキー 出版社:扶桑社 発行年:2011年 本体価格:1200円
 個性あるアーチストや場合によってはビジネスパーソンも数多く生み出す武蔵野美術大学OG2人による対談集。脱力系といいつつも、病気や老化といった苦難を前にして「死」を考える。ただし考え方としては「いずれくる死」を逆算して、今を楽しもうという姿勢で、これ、非常にいいことではないか、と。お金の上手な使い方から、よりよく生きることまでぜんぶ逆算して考えていくと、スキルの習得によるプロセス重視の姿勢とはまた違う生き方が見えてくる。とはいえこのお二人はやはり一種の天才で、だれもが真似できる生き方ではやはりない。実際には、プロセス重視と逆算志向の両方を足して2で割るのが一番ありうるべき生き方かな、と。巻末に二人のおじさんがギターをひいている写真がさらっと載せられているのだけれど、楽しそうにひいているその姿がなんともかっこいい。

人間関係は感情で動く(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2011年 本体価格:800円
 喜怒哀楽によって人生を豊かにもし、貧しくもするというテーマで一貫。感情は情報の認知体系にも影響を与えるので、当然知識や推論にも影響をあたえる。そう考えると巷で流行のポジティブシンキングも、あながち迷信とは思えない。24ページあたりには「喜怒哀楽」の「哀」については他人に向けなくていいというアドバイスがのっていたが、確かに野球の監督がピッチャー交代を告げるときに哀しそうだと先発投手の今後の活動にも影響を与える。また精神的治療においては当然のことながら暖かさが優先されるので、たとえば統合失調病の患者さんなども暖かく接することで妄想などが消えるケースなどもあるようだ。小さな達成感を大事にして大きな目標を達成していこうとする感情管理も大切なスキルだろう。ただ逆に言うと、感情コントロールは一定の年齢以上になれば誰しも大事なことであるというのは気づくことなので、より具体的なスキルが紹介されているともっと読者は応用できる素地がえられたかもしれない。

2011年12月29日木曜日

からゆきさん(朝日新聞社)

著者:森崎和江 出版社:朝日新聞社 発行年:1976年 本体価格:780円
 ルポタージュの名作も月日が流れ、朝日新聞社は廃刊にした模様。ただしamazonなどでわりと迅速に入手は可能。1976年当時の著者の友人とその母をめぐるエピソードから、明治時代~昭和の初めに海外へ働きに出た女性のエピソードとデータを収集、再構成された作品。21世紀の日本では当時とは逆にロシアや韓国から女性が出稼ぎにきているようだが、戦後の高度経済成長期を乗り越えるまでは日本女性が海外にでかけていた。「サンダカン八番娼館」と同様に島原地方や天草地方の出身者が多い理由も、人口の増加と土地の生産力の弱さに大きな理由があると思われる。今ではこうしたルポを書くことも難しい時代になったのと同時に、生き残った女性の数も少なくなったのだろう。清国や韓国の男性と日本男性の「比較像」や、明治時代の村落共同体の様子などもうかがうことができる。この本はやはり今だからこそ読み直されるべき本かもしれない。「貧困」がもし当時の「からゆきさん」を生んだのであれば、長期の不況が続くいまだからこそ「国内のからゆきさん」も眼に見えない形で大量生産されているかもしれないからだ。

聖の青春(講談社)

著者:大崎善生 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:695円
 幼少のころにネフローゼをわずらい、腎臓病をかかえた村山聖。その後将棋にめざめ、ベッドの上で生活しながら将棋をさし、奨励会に入会する。将棋を知っている人には周知の事実だが、この奨励会に入会するだけでも大変なことで、現在は制度改革もあるとは思うが、さらに年齢によって選別がおこなわれる。師匠となった森は食事を村山とともにしながら、自転車の練習などもともにおこない、さらには弟子の下着も洗って将棋の道を教える。その師匠と弟子の関係がなんともいい。そして登場する谷川浩司と羽生善生。勝負にこだわりさらには名人の座も視野にいれる途中で村山は最高級A級に在籍しながら膀胱癌の宣告を受ける…。手術の傷口と尿の排出口を手でおさえながらの対局などは涙なしには読み進めることができない。短く、さらにはかなり個性的な人生を生きて死んだ天才の人生がある。定期預金の通帳と印鑑をまるごと他人に預けたりといった濃密な人間関係もまた魅力的。

恐怖の誕生パーティ(新潮社)

著者:ウィリアム・カッツ 出版社:新潮社 発行年:1985年 本体価格:480円
 現在は絶版のこのミステリー、ちょっと前なら神田か早稲田の古本屋を探索しなければならなかったのが、今ではamazonで簡単に入手できる時代になった。そして読みたくてたまらないときに本が購入しえるのであれば、食事よりも贅沢よりもまず最初に優先すべきは本である…というのは個人的な経験則。さてこのミステリーでは一番最初から「犯人」は明示されている。とび色の髪の毛の女性に執着し、12月5日という日付に執着する連続殺人犯。そしてその妻は12月5日の誕生パーティを企画するが、夫の小学校も高等学校も大学も、そして前の勤め先にも在籍していた痕跡がない…。友人の助言をえつつも、問題の12月5日まで時がせまる…。たわいがないといえばたわいもないストーリーだが、人間の「アイデンティティ」について考えるには非常に興味深いテキスト。

2011年12月26日月曜日

秘密(講談社)

著者:重信メイ 出版社:講談社 発行年:2002年 本体価格:1500円
 著者の母親は日本赤軍の重信房子。そして著者は生まれてから28年間アラブ諸国を転々とし、無国籍の子供として育つ。日本赤軍という言葉からイメージできるのは、「国際共産主義」というイデオロギーなのだが、この本を読むと重信房子は、アラブ社会のなかできわめて日本的な生き方を志向していたことに気づく(たとえば90ページで両親は著者を日本人としてきちんとやらなければならない」と育てたことが紹介されている)。リッダ闘争(テルアビブ闘争)で、銃を乱射し100数十人ともいわれる死傷者を出した「テロリスト」であるにもかかわらず、自らの娘には、「(知人の集めていたコインを失敬した娘に)それは泥棒の恥じ入りでしょう」と叱り、母娘で謝罪にいったことが紹介されている(66ページ)。そしてアラブで育ったにもかかわらず日本人として日本国籍を取得し、早稲田の外国語学校で日本語を学習しはじめる著者は、アラブ人と日本人のハーフではあるが、まさしく日本人としてのアイデンティティを獲得していく。政治的スタンスとしては、ニュートラルであろうとしている意欲はかえるが、明らかにアラブより、反イスラエルといったところか。下町を歩く姿を表紙にしたのは、そうした日本人としてのアイデンティティを獲得していく著者を見事に描ききったものといえるだろう。
 著者がジャーナリストをなのることについて批判的な向きもあるようだが、私個人は、母親の「罪」は「罪」として認め、「共存」を模索していこうとする著者の姿勢には賛同できる。日本には、国家主義にずぶずぶ寄っているジャーナリストもいれば、共産主義者すれすれのジャーナリストもいる。やや反イスラエル的で、「テロリスト」の娘として育ったジャーナリストが活躍しても、その多様性を誇るべきであって、けっして排斥すべきものではない。むしろ、母親とのつながりを強く意識し、母親に面会しにいく姿こそ、実はきわめて日本的すぎるシーンではないかと思う。ブントで共産主義活動、アラブでパレスチナ解放を叫んだ母親は、日本で逮捕され、娘はアラブから日本に「帰国」して日本国籍を取得した。これって、すごいことだと思う。

用心棒日月抄(新潮社)

著者:藤沢周平 出版社:新潮社 発行年:1981年 本体価格:705円
 司馬遼太郎さんの本は、会社の経営者が読むことが多いという。一方藤沢周平さんの本は、従業員側の人がよく読むという。一種の都市伝説みたいなもので、実際にはどちらも時代劇ファンは読むのだろうが、国家とは何か、時代の変遷とは何かといったマクロな視点を司馬遼太郎さんの本は常に内包しているのに対して藤沢周平さんの本は、その時代のその人はどうしたかといったミクロな視点が多いとはいえると思う。この本では、とある北の藩にて内部抗争が持ち上がり、江戸に逃げてきた青江又八郎28歳が、口入れ屋の口利きであちこちの用心棒を引き受けて日銭を稼ぐという話。伏線として、赤穂浪士の討ち入りがはられている。身を裏長屋にやつせども、主人公は常に自分のモラルを維持するとともに、故郷に支えられているというのがいいんだなあ…。これ、日本の会社に置き換えると、個人の倫理はどこかで犠牲にして、しかも家庭も親族も打ち捨てて…という企業戦士になっちゃうと、なかなか青江又八郎のようにすらっと生きることができなくなる…ということの裏返しかもしれない。村の論理に制約されていると、村以外の論理が働く世界では無機能化する(役立たず化する)っていうのと、どこか似ている。