2013年5月30日木曜日

アベノミクスが激論で解けた!(小学館)

著者:青山繁晴 須田慎一郎 三橋貴明 出版社:小学館 発行年:2013年 本体価格:1,200円
 アベノミクスとよばれる金融緩和政策、賃上げ減税や投資減税などの財政政策、そして研究開発投資の助成などの成長戦略の3つの柱は、あまりの大量の金融緩和で国債価格の極端な価格のふれや株価の急速な下落など種々の不安定要因をかかえつつも一定の効果はあげてきたようだ。理屈どおりにストレートな結果に結びつかないのは、株価や長期金利といった指標は無作為抽出のデータではなく、それぞれがみえない複雑な要因で相互に影響しあっている変数だからであって、この場合には、身長や体重といった独立変数のグラフとは異なり正規分布ではなく、べき乗分布という中央からずれた数値の発生確率が高くなる。金融を緩和すれば、その分投資活動にむかって、たとえば株価は上がるはずだが、それでも何らかの事情(利益を確定しておきたい外国人投資家の行動など)をきっかけに株価が暴落することもあれば,日本銀行が長期の国債を購入することで国債の価格があがり金利が下がるはずであっても国債価格が下落するといったこともありうる。物価水準の測定の基準に何をおくべきか、サービス業の時給について、産業競争力会議のありかた、消費税率の引き上げ、メタンハイドレートなどのエネルギー政策など種々のテーマを3人の著者が対談形式で論じていくのだが、意見の相違などもみられて非常に面白い。この「意見の相違」がなければそもそも現在の為替レートで円とドルを交換しても、かたや「円安に向かう」と考え、かたや「円高に向かう」という立場の違いがなければ通貨や将来のキャッシュフローの「交換(スワップ)」そのものが成立しないのだから、ある意味市場経済は「多様性」と「民主主義」を色濃く反映したシステムなのだな、とつくづく思う。憲法96条改正問題や保守主義のあり方など経済の枠組みを超えた議論も面白い。

2013年5月29日水曜日

日本経済を壊す会計の呪縛(新潮社)

著者:大畑伊知郎 出版社:新潮社 発行年:2013年 本体価格:680円
 新潮社新書で会計を取り扱った新書としては田中弘先生の「時価会計不況」がある。取得原価主義会計から時価主義会計へ移行が進む過程で、時価評価の危険性や社会的影響を指摘した新書だった。この本ではそれからさらに時代が進み、税効果会計や退職給付会計などが日本基準に組み込まれた段階で、いわゆる国際会計基準の影響を極力排除して取得原価主義会計の体系に財務諸表を戻し、時価情報は注記などで情報提供するべきだ、という著者の持論が述べられる。
 会計基準はルールで、企業経営は経済的実態をそのルールにしたがって財務諸表を通じて描写する。しかしかつての取得原価主義の時代から企業会計原則などよりも税法基準に実際の企業経営が影響され、税法基準にあわせて企業の財務諸表を作成するという「逆選択」が頻繁にみられていた。現在では、かつての税法基準が国際会計基準に入れ替わっただけではないか、というのが著者の主張と個人的には解釈している。雇用調整や消費活動や投資活動の抑制についても、原因の一つに国際会計基準の影響を受けたいわゆる新会計基準があるのではないか、という著者の指摘がある意味では正しいように思える。その一方で繰延税金資産などを税効果会計にもとづいて計上することで、流動比率が向上したり、金融機関の自己資本比率が向上したりといったプラスの面もある。退職給付会計基準にしても、将来膨大なキャッシュアウトフローが発生するのは間違いないのに、かつての取得原価基準ではその「隠れ負債」が貸借対照表には計上されず、いわば日本的経営の名によって、将来の支出を隠したままの投資家情報が開示されていた。取得原価主義の時代の證券アナリストの仕事は今よりも原始的で、そうした隠れた債務を外部で計算して投資家に情報提供することだったとも思える。その意味では、今の日本基準は確かに不況の要因のひとつであったかもしれないが、企業経営の向上や投資家の適切な意思決定に有用性があるというプラスの面もある。
 5月28日の日本経済新聞の報道では、将来の国際的調和にそなえて日本基準と国際会計基準の折衷案を金融庁が策定し、当面は国際会計基準の強制適用はみおくって、その折衷案で上場企業の財務諸表を作成するという案があるようだ。「足して2で割る」という日本的発想のあらわれともいえるが、いずれにせよ世界が資産負債アプローチや割引現在価値を重視する体系に移動しているのだから、それに乗り遅れるわけにもいかない。折衷案でまず国際会計基準と日本基準の相容れない部分(のれんの減損処理など)について折衷案でならしていくというのは、日本の国民経済にとってもベターなことではなかろうか。

 内容的には簿記の知識がないとちょっと読み進めるのに苦労するかもしれない新書。会社の経営がうまくいっているときには税効果会計は非常に良い数字を生み出すが、逆に損失がでると繰延税金資産の取り崩しなどでダブルで企業経営を悪化させるという仕組みなど実践的な説明も多い。

2013年5月21日火曜日

解剖アベノミクス(日本経済新聞出版社)

著者:若田部昌澄 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2013年 本体価格:1500円
 今日の毎日新聞の報道では景気の上向きを実感しない人がだいたい8割という。金融緩和・財政政策・成長戦略の効果が、企業や家計の消費・投資行動を促進して物価が上昇、さらに賃金が上昇するのにはそれなりのタイムラグが必要となる。「もし」、アベノミクスが成功するのであっても、好景気が家計単位で実感されるのには2~3年はかかるのではなかろうか。
 さて、この本はかねてより日本銀行による金融緩和を支持していた若田部昌澄先生の本。世間的にはリフレ派と目されているが、アベノミクスの考えられるリスクについても触れ、反リフレ派の議論も丹念に検討されている。政府の産業政策についても否定的な見解を紹介したうえで、とりうべき成長戦略について検討。書店では現在アベノミクスの解説をおこなう書籍があふれているが、もっとも内容的に完成度の高い書籍と感じる。内容的にはやや難し目で、初歩的なマクロ経済の知識がないと、財政政策の乗数効果が意外に低いといった議論がすんなりは読み込めない可能性はある。ただ初歩的な文言についてはすべて解説がふされているので、別途経済学の入門書を読まなくても第1編さえ読めば対応できるような構成になっている。
 金融が緩和されると一般には物価水準が上昇するということになる。資本(資金)や労働力が完全に有効に使い果たされる長期の状態では、商品やサービスなどの産出量は労働市場で決定され、利子率は財やサービスの市場で決定されるため、貨幣市場で決定されるのは物価水準ということになる(貨幣数量説)。著者の立ち位置はこの貨幣数量説にある程度よっているように思えた(64ページ)。M=kPYという数式で表現できる考え方で(M:マネーサプライ、kは貨幣の流通速度、Pは物価水準、Yは名目GDP)、貨幣数量説の立場にたつとkはほぼ一定でYは財市場で決定されるため、左辺のMが増加すればPが増加するという考え方になる。財政政策を重視するケインジアンなどの立場からは、貨幣の流通速度もYの変化によって変化すると考えるのでこの数式には依拠しない。おそらくアベノミクスに肯定的な学者や政治家が貨幣数量説、必ずしも効果が期待できないとしている立場がケインジアン的な立場なのか、と感じた。著者は物価と賃金の上昇には正の相関関係がある(81ページ)としているので、マネーサプライ(マネーストック)を増加させる→物価が上昇する→賃金が上昇する→消費・投資活動が活発化する→…という循環を意識していることは間違いないようだ。ただ物価が上昇したら本当に賃金が上昇するのか?という疑念がこの本でぬぐえたとは思えない。ひとつには中小企業と大企業の取引関係が近代経済学的関係というよりも社会学的な関係であるため、価格上昇を取引先に転嫁しづらい構図がある。海外から仕入れた商品や部品の価格上昇を販売価格に転嫁できずに自社内部での負担にしてしまうという構図まではケインズもマネタリストも考えていないはずだが、日本ではそうした取引の構図がある。となると、円安が必ずしも社会全体の賃金上昇につながるとは思えない。もしアベノミクスに破綻があるとすると、物価水準は理論どおりあがっていったが、賃金だけは上がらず、失業率も改善されず、一部の大企業と公務員のみ所得が上昇して格差が拡大していった…という展開ではなかろうか。「今」がすぐある程度読み取れ、しかも読者自身があれこれ日々の新聞を活用して仮説をたてる基礎もこの本は与えてくれる。批判はいろいろでてくるかもしれないが、1,500円は安い。もっと値上げしてもよいくらいだ。

2013年5月16日木曜日

日本経済の奇妙な常識(講談社)

著者:吉本佳生 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:740円
 個人的に最大限の信頼をよせる吉本佳生先生の2011年の著作。貿易・サービス収支・所得収支・経常移転収支などの国際収支の読み方も国際マクロのテキストよりもずっとわかりやすく解説してくれる。これ、たとえば海外留学が盛んな国でいうと、学業をいうサービスを海外で購入するので、資金は持ち出しとなりサービス収支は減少要因、さらには仕送りなどで海外へ送金すると経常移転収支もマイナス要因で、通常の資本投資とは異なり利子率などの配当はないので資本収支には影響しない…といった見方がするっとできるようになる。ちなみに日本の場合は貿易収支よりも所得収支のほうが黒字要因としては大きい(208ページ)。日本人が海外で所得を稼いでくると所得収支は増加要因だが、国内で外国人に給与を支払うと減少要因となる。これだけ海外進出が相次ぐ現在、所得収支の黒字額が大きい…という理由もすんなり理解できる。
 で、この本のテーマとなる「奇妙な常識」とは、たとえば石油資源が高騰しても国内の賃金デフレが深刻化した状況や各企業がリスク管理をしているつもりがさらに株価や債券の暴落を招いてしまうという事象をさす。著者はそうした「常識」の背後にある合理性を読み解いていくのだが、経済学部出身者でなくてもわかる初歩的なマクロ経済学の「ツール」でわかりやすく解説。アベノミクスでマネーストックが大幅に緩和されている状況で、なぜ住宅ローンの金利が上昇するのか、といった2013年5月現在の状況もこの書籍のロジックを援用することで容易に理解できる。
 その昔、「仕組み債」とよばれる複雑な金融商品がいかに購入者にとって不利な金融商品か、ということもこの著者から教わった。アベノミクスの「成功」についても著者は「賃金の上昇率がどうなるか」「賃金格差(男女間の格差、雇用形態の格差、世代別の格差など)をいかにして埋めるか」といった鋭い指摘にあふれている。アベノミクス登場前の新書だが、2013年の今読んでも学ぶところは多い。

姜 尚中の政治学入門(集英社)

著者:姜 尚中 出版社:集英社 発行年:2006年 本体価格:660円
 反証可能でなければ科学ではない、という。最初から反論しようがないのが、いわゆる「職業左翼」の方々だが、終始温和な口調で論理を展開する姜 尚中氏の著述は、賛否はさておいて、とりあえずは反証可能な議論展開だ。これだけでも現代日本では貴重な存在である。
 「アメリカ」「暴力」「主権」「憲法」「戦後民主主義」「歴史認識」「東北アジア」の7つのキーワードから「政治学」を読み解く展開となっている。2006年に執筆されたまま増刷されており、尖閣諸島や竹島をめぐる日韓関係や日中関係の悪化の前の国際情勢から「東北アジア」が語られており、そうした客観的諸条件の変化が書籍に反映されていないのはやむをえない。その一方で、「戦後」を日清・日露・第一次世界大戦・第二次世界大戦の4つに切り分け、さらに第二次世界大戦後も直後の1945年(治安維持法が制定されたまま哲学者三木清氏が獄死)、1946年、1955年以降と細密に展開・分析していく視点は見事。「戦後民主主義の課題」とおおまかに語る言説よりも、1945年当時の戦後、大日本帝国憲法が日本国憲法に改正された1946年から高度経済成長期を迎える1955年まで、1955年からバブル経済を迎える1980年代までと細分化していかないと、確かに議論の方向性を見誤る。日教組がもたらした功罪を論じるにしても、バブル経済当時の労働運動と高度経済成長期の労働運動とでは意味合いも規模も異なるのだから、戦後世代を一括りに論じるのには問題がある。ある程度、論者のよって立つ視点を受け入れつつ、賛否を明確にしていかないと「言論」や「学問」はいつまでたっても高度化していかない。
 その意味では、現在安倍内閣が打ち出している憲法96条の改正と本書80ページ以降に展開されている「憲法」の著述は、面白い。
 著者は、憲法について、①共同の意思によって生み出されたものとみる説と、②憲法固有の体系を重視する説を紹介し、著者自身が②を支持する理由を展開する。安倍内閣など保守派の多くがよって立つのが①の立場で、これはGHQなどアメリカによって作成された憲法であって、日本国民の「共同の意思」がないから改正すべきという流れになる。一方、②の立場でいえば、憲法の条文をもとに膨大な判例や解釈が積み上げられており、すでにそうした解釈を込みにして考えれば、ひとつの立派な体系を有しているという考え方になる。著者は近代国家では、政教分離が原則であって①の立場では言論の多様性がそこなわれ、軍事力の行使につながっていくという議論展開をたどる。

 このあたりは、個人的にはいろいろ疑問をもつところで、たとえばヨーロッパではキリスト教によってたつ政党がないわけではないし、形式的にフランスでは政教分離が徹底されているといってもやはりカソリックの国だなあ、と感じるところは多々ある。祭祀国家が軍事国家につながるという論拠もあやしい。近代国家の歴史ですら18世紀後半にフランスが誕生してからさほどの歴史があるわけではないが、宗教問題よりも経済問題で戦争に走った国のほうが多いようにも思える。ただこうした疑問や反論をすべて可能な書籍であるという点に、実はこの新書の意義がある。政治が生の人間の営みの結果である以上、原理原則で一貫していなければならないということはない。「私はこう思う。しかし反論は受け入れる」、強い論理で一貫しつつも、そこかしこにみえる著者のそうした慎ましさが好ましい。
 
 

2013年5月14日火曜日

倒産社長の告白(草思社)

著者:三浦紀夫 出版社:草思社 発行年:2003年 本体価格:1400円
 学生時代にアルバイトをしていた編集制作会社にそのまま1978年にした著者は、1990年に社長に就任。その後、浮き沈みはあるものの人員合理化と販売促進、資金繰りにおわれることになる。株式会社コアという会社で、途中出版部門を運送会社に営業譲渡し、それがもとで誕生したのがフットワーク出版。たしかこの会社は文京区江戸川橋に事務所があったはずで、自分自身が実際に目でみた会社や早稲田鶴巻町などなじみの深い町名が続出。それだけに、話が進行するにつれて、次第においこまれていく様子が読んでいて辛い。
 しかもメインバンクが金融庁によって強制破綻させられて永代信用組合。株式会社コアの資金繰りを壊滅的にしたのは、この信用組合の強制破綻が致命的だったようだ。とはいえ途中、資金繰りがよくない会社への債務保証や市中金融からの借り入れ、融通手形の降り出しなど、倒産の予兆とされる取引が続出。むしろ2002年までよく経営が継続したものと思うべきかもしれない。成功した企業の物語は山ほどあるが、この本は財務諸表に化粧がほどこされた会社の経営を委託され、その延命に個人財産もついやした経営者の話。非常にレアな出版物で、、しかも整理回収機構に債権譲渡された場合の借入企業の資金繰りや、メインバンクが経営破綻した場合の中小企業の痛手、債務保証のおそろしさや友人の大事さといった貴重なエピソードが満載だ。「万が一」に遭遇したときの生き残りの方向を模索するのにも役立つ一冊となる。

2013年5月5日日曜日

マンチュリアン・レポート(講談社)

著者:浅田次郎 出版社:講談社 発行年:2013年(文庫本) 本体価格:629円(文庫本)
 昭和3年6月4日、満州軍閥の領袖張作霖が乗った鉄道が爆破。「治安維持法改悪に関する意見書」を配布した志津中尉は陸軍刑務所に収監されていたが、とある「やんごとなき方」からの勅命を受け、事件の真相をさぐりに満州へとぶ…。
 大日本帝国が張作霖の軍閥を通じた間接支配から、柳条湖事件を通じた直接支配に乗り出す時代の狭間を描く。著者の浅田次郎氏は、元自衛隊員だが、独自の視点から日本と中国の関係を見つめ直す作品を執筆。「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」で清国末期と中華民国の始まり、軍閥の活動などを描いたが、シリーズが進むにつれて日本人の登場人物が増えてくるのが特徴。張作霖爆破事件にしても、これまでは張作霖が乗車していた鉄道が爆破されていたものと思っていたが、この本を読んで奉天近くの満州鉄道の橋脚が爆破されたものと知る。
 やや叙情的な場面が多いものの、凄惨な事件が相次いだこの時代を描写するには、センチメタリックな描写をせざるを得なかったのかもしれない。

2013年5月4日土曜日

ビブリア古書堂の事件手帳 4(メディアワークス)

著者:三上 延 出版社:メディアワークス 発行年:2013年 本体価格:570円
 「ラノベ」「ラノベ」とやや低く見られているジャンルではあるが、第1巻から第2巻、そしてこの第4巻に至るまで、続編がでてくるごとに内容がグレードアップ。この第4巻で扱う古書のテーマは「江戸川乱歩」。
 1つの「巻」ごとに小さな題材を扱い、「栞子さん」の家族をめぐる大きな謎が少しづつ解明されていくという流れになる。自分自身もポプラ社版の怪人二十面相シリーズは全巻小学生のころ読んでいただけにこの第4巻には読んでいるうちに時間を忘れる。巻末の参考文献などからして著者はこれまで以上に取材を重ねて第4巻の刊行に及んだものと推測できるが、この本を読むとさらに「押絵と旅する男」「孤島の鬼」といった江戸川乱歩の作品も読みたくなるから不思議だ。
 かつて江戸川乱歩が居住し、作品を書いていた土蔵は現在、立教大学が所有・管理しているが、著者はその立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターからも取材。かつてその土蔵が公開されたときは長蛇の列の最後尾に並び、ほんの数十秒だけ土蔵の中を見ることができたが、あの独特の漆喰の匂いがたちこめる空間から江戸川乱歩の作品が生まれ、そして21世紀にこうしてその世界にインスパイアされた古書モノ探偵シリーズがでてくるということに感慨を覚える。ひとつの優れたイメージは、また時間を超えて別の作家のイマジネーションを刺激して、さらに新しいイメージの世界を創りだす力があるようだ。

2013年5月1日水曜日

日本の景気は賃金が決める(講談社)

著者:吉本佳生 出版社:講談社 発行年:2013年 本体価格:800円
 いわゆる「金融政策・財政政策・成長政策」の3つの柱をうちたてたアベノミクスの出だしは好調のようだ。為替は円安傾向となり、民間消費支出も増加傾向にある。ただしこれはまだ「ご祝儀」相場のようなもので、長期的に見た経済効果はもちろん未知数だ。著者は、このアベノミクスの最終的評価は、物価上昇率ではなく賃金上昇率になると指摘している。
 たとえば、物価が2%上昇しても賃金が1%しか上昇しなければ、生活水準は今よりむしろ苦しくなる。この本のタイトルはそうした「物価」の内訳をみていこう、という姿勢に由来するが、円安傾向が必ずしも国内の物価上昇率を招かない理由として、輸入企業が円安による輸入財の価格上昇を企業内のリストラで吸収している実態を指摘する(小売商や卸売商は中小規模の企業が多く、資材購買をおこなう大企業から値引交渉されると断りきれない)。マスコミやウェブで流れている安易なインフレ待望論に対してきめ細やかにデータや経済白書などを分析して今後の展望を示した良著である。
 安倍総理とそのブレーンがよりどころとしている理論に、合理的期待形成という理論がある。過去の実際の物価上昇率や1年前の物価上昇率だけでなく、日本銀行の政策目標や政治の動向など種々の情報から合理的に導き出される物価上昇率をもとに企業や家計が行動するという理論である。物価上昇率が2%で名目利子率が現在とほぼ変化しないという仮定にたてば、実質賃金率が低下するので企業の設備投資が促進される。また家計は貨幣購買力が目減りするので貯蓄ではなく消費行動を活発にさせるということになるが、この本では「賃金格差」がアベノミクスの結果拡大する可能性を指摘しており、一部の高所得者の消費は拡大しても中低所得者の消費は現状維持か減退する可能性が無視できないことになる。これもまた「日本の景気」は「賃金(上昇率、とそして分配)」が決めることになる。まだアベノミクスは走り出したばかりだが、小泉内閣にあった「悲壮感」がまるでなく、非常に和気あいあいと強気の経済運営・外交政策をとっているのが気がかりだ。デフレーションのもとで、人々の期待を超えるような大規模な金融緩和と国債の買い入れをおこなうわけだから、ちょっと舵取りを間違えば、国債価格の暴落や利子率の上昇、いきすぎた円安展開といった事態を招きかねないのだが、どうも安倍内閣にそうしたリスクの備えが見えない。何が起こるかわからないのが金融の世界のはずだが、この本の著者の的確な分析と問題提起と比較すると、なんだかお祭りさわぎのようになっている政治のほうが不安定材料のような気もする。