2012年7月31日火曜日

読書の技法(東洋経済新報社)

著者:佐藤優 出版社:東洋経済新報社 発行年:2012年 本体価格:1500円
 元外務省主任分析官…という肩書きはもう必要なく、佐藤優が外務省にいて現在は作家というほうがしっくりくる時代になった。職業作家になられてから仕事場を設けたそうだが、働きながらも相当な読書を積み重ね、それで現在に至る。その意味では作家もしくは大学教授などの読書法よりも実践的な部分はある。とはいえ口絵に掲載されている書棚は夢のまた夢だが。
 ちょっと面白いのは113ページ以降に展開されている高等学校の教科書や学習参考書を用いて知識の欠落部分をチェックするという方法。歴史のみならず数学などの教科書も復習して鳩山元首相の行動原理を微分で説明するというあたりが斬新。重積分など高校3年理系までしっかり数学をやって、それからライプニッツなどの原理を現象面にあてはめていくところがユニークだ。誰にでもできる読書法ではないが、それこそ自分に取り込める範囲内で取り込んでいけばそれでよいのだとも思う。少なくとも読む前と読んだ後とでは、個人の読書法がそれこそ微分方程式でいえば微妙に角度が変化していることだろう。箱根の別荘にもあるという書斎がなんとも羨ましいが、都心にこだわることさえなければ、ちょっとがんばれば箱根に2LDKくらいはなんとかなるビジネスパーソンもいるかもしれない。あ。本当に箱根に2LDKが欲しくなってきた…。

2012年7月30日月曜日

知っておきたいお金の世界史(角川書店)

著者:宮崎正勝 出版社:角川書店 発行年:2009年 本体価格:552円
 ビジネスマナー、流通関係に続いて現在「貨幣」の歴史関連の書籍を乱読中。物品貨幣から金属貨幣、そして紙幣へ…というのが非常にわかりやすい貨幣の流れだが、日本史をみてもそうそう図式通りには進んでいない。富本銭や和同開珎は確かに金属貨幣だが、その後日本では宋のお金や絹、コメなど物品貨幣が再び復活しているようだ。銅の生産量にどうしても左右されてしまうため、日本では物品貨幣が復活したが宋でも銅の生産が枯渇したときに鉄銭などが流通している。それがさらに紙幣の使用にもつながったというから、金属貨幣の限界は貨幣の原材料不足というのが大きそうだ。
 ただどうしてもわかりにくいのが金本位制。教科書などではさらっと書いてあるのだが、一国の金の保有に応じて貨幣を発行する…って意外に難しい。貿易黒字であれば、金の保有が増えて通貨も増えてインフレになる。貿易赤字であれば金の保有が減少してデフレになる。そんな理解でいいのか悪いのかも実は心もとない。200ページたらずの文庫本だが、どういう貨幣がどういう地域で流通していたのかなど知識を仕入れるのには十分。ただし貨幣の仕組みについては巻末の参考資料のほか、もしかするとマクロ経済の本で固定相場制などを扱っている本でないと不足しているかもしれない。

ロスジェネの逆襲(ダイヤモンド社)

著者:池井戸潤 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2012年 本体価格:1500円
 2004年当時に連載されていた小説ということで、旧商法の規定がちょこっと顔を出す。まあ会社法になっても第三者割当増資の規定や判例がそれほど変化するわけではないが…。ライブドアとフジテレビジョンとの株式争奪合戦や新株予約権の発行など、当時は日本社会ではなじみがなかった事例が小説自立てが満載。しかも今でもあちこちの銀行とその子会社の証券会社との間でありそうな「不和」などが見事に描かれている。アドバイザリーの手数料の巨額さは想像以上だが、買収をしかける側も守る側も当然しかるべきアドバイザーはいるはずだから、成功報酬も含めてこの小説にあるような契約をそれぞれ締結しているのだろう。で、貸付金などの受取利息よりも明らかに買収などの手数料のほうが収益率が高いのだから、M&A業務をてがける経験者にあちこちから声がかかるのも当然という気がする。企業結合会計基準などにも顔を出す「逆取得」(規模の小さなほうが大きなほうに買収をしかけること)も出てくるので、ちょっとしたM&A入門の本にもなるし、団塊の世代対バブル世代対ロストジェネレーション世代の対立とも親会社と子会社との不和とも読み取ることができる。で、そうした不和はどうなるか?いやいやもちろん、「アウフヘーベン」して大団円を迎える。経済小説はこうでなくっちゃ。

プラチナタウン(祥伝社)

著者:楡周平 出版社:祥伝社 発行年:2011年(文庫本) 本体価格:714円
 単行本のときから名作といわれていた本が文庫化。総合商社に勤める主人公はとある事情で左遷を余儀なくされ、故郷の赤字を大幅に抱えた町長に就任することに…。「民間活力」を自治体に入れてみたら、どうなるか、を架空の話として小説にし、しかも結構説得力があるところがすごい。
 書店に並べられている本によると夫婦2人で老後をむかえるとき、貯蓄はだいたい3,000万円が必要という時代、大半の世帯にはそれだけの余力はない。しかし放置しておくと孤独死ばかりが続出する、という予想は十分成り立つ。 ビジネスとしてそうした老人世帯を市場に変えていくのであれば、この小説にでてくる「プラチナタウン」のような街づくりは十分「あり」だろう。まあ最初から「ハッピーエンド」が予定されているようなところはあれど、そこはそれ、暗い結末よりもビジネスパーソンには勇気を与えてくれる結末のほうが読後感もよい。これからテレビ化される予定もあり、主人公は大泉洋さんがつとめるとか。

2012年7月29日日曜日

斎藤孝のざっくり!世界史(祥伝社)

著者:斎藤孝 出版社:祥伝社 発行年:2011年 本体価格:619円
 高校受験のときに選択した課目は「現代社会」「日本史」「地理」の3科目で「世界史」は選択していなかった(現在の高校生は世界史は必修課目だが、前の学習指導要領では選択課目だった)。暗記事項がとにかく多いうえに論述も「難しい」という評判だったため敬遠したのだが、それが大きな間違いだったのは、フランス語の授業の1時間目からノルマン王朝についての質疑応答がなされ、法学概論ではローマ法やナポレオン法典、近代経済学ではオーストリア末期のウィーンと世界史を履修していなければ理解できない事柄がすでに「学習済み」として進行していたからである(というかそうでなければ、確かに「近代」「ポストモダン」といったことから大学の授業を開始することになるが、それはさすがに知的水準が低いといわれてもしかたがない)。そこでこの本だが、世界史を履修していない大学生や社会人にも必要最低限の内容がざっくり説明されている。第1章では西洋近代化について述べられており、マックス・ウェーバーなど社会学の履修に必要な事柄が述べられ、第2章では帝国について述べられている。マルクス経済学や宗教学には必要で、マルクスを批判的に論じるにせよ好意的に論じるにせよ「帝国主義」とは何か、は理解できている必要がある。第3章では消費の対象となる商品論から記号論まで。ボードリヤールなどポストモダンの理論やマーケティング、商学概論に必要な内容だ。そして第4章で共産主義やファシズム、第5章で宗教や中世についてが述べられ、近代経済学が生まれるにいたった経緯や私的所有権、国際関係論の理解に必要な内容が網羅されている。世界史の教科書を1から読むという方法もあるかもしれないが、それではあまりに効率が悪い。「とりあえず」資本主義の基礎ともいえる私的所有権について理解するのであれば、この本に書いてあることをイメージできるようにさえしておけばいい。受験や教養としては内容が不足しているかもしれないが、とりあえずなんらかの専門的分野について学習するときの参考書になりうる。水準としてはけっして低くない、というよりもかなり高度な内容まで論述されており、これが619円はきわめて安い買い物だろう。

2012年7月25日水曜日

財務省(新潮社)

著者:榊原英資 出版社:新潮社 発行年:2012年 本体価格:680円
 財務省全体の話というよりも歴代キャリアのエピソード紹介と一種のエリート教育礼賛みたいなトーンが強いのがなんともかんとも…。組織の活性化のためにも「天下り」は必要悪みたいな論調もあり、それも一つの見識ではある。ただ、「天下り」されたほうの財団法人やら民間企業の「不活性化」にはつながりやすくなるため、財務省だけ活性化しても国全体の民間活力は衰えるだろうな、という感想が1つ。また、それだけ優秀な事務次官やら財務官やらが歴代1つの組織を率いていたにもかかわらず、100兆円近い財政赤字を抱え込むに至った経緯については反省や改善点があげられていないのが残念だ、という感想が1つ。「多少の接待は当然という傲り」という多少の反省点はあるものの、省庁や司法関係者ともなればコーヒー1杯すら潔癖に対応する方々もいる一方で、刑事基礎された元課長補佐を「擁護」(?)するのはちょっとおかしい、というか「多少」というレベルの話ではないのではないか、という疑問も。とはいえ、こうした一種偏りがあるようにしかみえない論調を21世紀の今になってもひきずっている元キャリアがいる、という意味では貴重な1冊だろう。あ、とはいえ財務省のキャリア組は、なんだかんだとはいってもむちゃくちゃ頭がよく、人格も優れている方々が「多い」のは事実。むしろそれだけ優秀な人材を集めておいて、それを活用しきれていない現実をどう反省していくのか、どう未来にいかしていくのかといった視点の著作物を待ちたい。

2012年7月24日火曜日

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(早川書房)

著者:スティーグ・ラーソン 出版社:早川書房 発行年:2011年(文庫本) 本体価格:900円
 昨日は午前2時近くまでかかって上巻を読み、今日は通勤途中も帰宅途中も下巻を読み…ということで、縁もゆかりもないスウェーデンを舞台にした孤高のリサーチャーにしてハッカー「リスベット」をめぐるミステリーにがんじがらめの2日間だった。パワーブックやPDAを片手に、ハッキングで情報を収集して意思決定を瞬時に連続しておこなうという、21世紀型の「探偵」像がまたかっこいい。物語の舞台がジブラルタルやフランスなどに移動することもあるけれど、冷たい空気に覆われているであろうスウェーデンとハイテクの組み合わせが一番いい組み合わせかもしれない。「火と戯れる女」もそうだったが扱っている題材は決して新しくはないのだが、独特の価値観と意思決定をくだす「リスベット」の魅力にとりつかれて文庫本であわせて1000ページを超える分量も読んでしまう。著者が亡くなられているため、パソコンに残っている「草稿」でしか第4巻が読めないというのが惜しい。草稿をもとにした4巻の発行もおそらく複数の出版社で検討されているのではないかと思うが…。

2012年7月23日月曜日

ミレニアム2 火と戯れる女 上巻・下巻(早川書房)

著者:スティーグ・ラーソン 出版社:早川書房 発行年:2011年(文庫本) 本体価格:880円(文庫本)
 文庫本初版発行が2011年11月15日で書店で購入したのが2012年6月25日発行第21刷。7ヶ月で21刷ってすごすぎ…。ハリウッドで映画化された「ドラゴン・タトゥーの女」」ではルーニー・マーラーが演じていたリスベット・サランデルが印象的だったが、このシリーズ第2作ではリスベットが主役となって、人身売買と強制売春組織に立ち向かうジャーナリストとスパイの暗い歴史に切り込んでいく。パソコンとバイクを使いこなす「異形」の探偵という役回りで、「物語」としては実はこの上巻・下巻では未完結に近いまま。それでも「あ~読んだ~」という充足感にひたれるのが不可思議なミステリーだ。登場人物たちがいずれも「限定合理的」というか、必ずしもベストな意思決定をしない(できない)せいもあって、ただでさえも鬱蒼としたリスベットの人生がページをめくるたびにさらに陰鬱な様相を呈してくる。救いが見えそうでぜんぜん見えない鬱蒼感がこの小説の魅力か。ああ、第1作に続いて早くこの第2作もハリウッドで映画化されないものか。

2012年7月19日木曜日

うるさい日本の私、それから(洋泉社)

著者:中島義道 出版社:洋泉社 発行年:1998年 本体価格:1600円
 「うるさい日本の私」(日本経済新聞出版社)の続編に相当する。本体のほうは単行本は洋泉社から出版され、文庫本として日本経済新聞出版社より引き続き発行されているが、こちらの続編についてはamazonで中古でしか入手できない。こういう本も早く文庫化されて普通の書店で入手できるようになってほしいが…。もともと哲学の先生だけあって巷にあふれている「騒音」の類についての「嫌悪感」(?)をさらに上の次元の命題にまで昇華。個人の「文化空間」をいかに文明国家らしく保つか、という命題やそれをいかに普遍化するかといったことがらにまで論が及ぶ。
 最初は単なる「笑い」なのだが、この本の後半からは文化論。そしてそれは、世界的に有名なアルピニストがたとえば「御神体」とされる滝のロッククライミングをしたときの「違和感」となんだか共通する。「個性尊重」「自己責任」という命題からすると「御神体」にロッククライミングしてもまあ、リスクは自己責任ということで完結しそうだ。これはまあ日本人として「大切に守られるべきもの」という点では大方の平均的日本人と同じ感覚で「御神体にロッククライミングするなんて」というのが私の「違和感」なのだが、そのアルピニストにしてみれば「ロッククライミングしたい滝があった」というのが至上の命題。とすると他人の敷地に勝手にはいったという軽犯罪法違反程度しか本来はありえないはずなのだが、それでも「とんでもない」と思う自分はやはり平均的日本人の価値観だろう。で、そのときに「御神体に…」といって一気にそのマイノリティを「全否定」してしまうのが、あるいは「部分否定」がいいのかは文化の問題ではないか、というのがこの本を読んでの感想。もちろん「敷地に勝手に入っちゃいけない。御神体を大事にする人もいるのでその価値観にも配慮しなければならない」という部分否定こそがありうべき判断であろうけれど、「日本人としてとんでもない」といった全部否定につながる感情をもつ自分って一体なに…という反省すべき点が見いだせるようになると、「騒音」に対してここまで律儀に対応する著者の気持ちの幾分かも理解できるというものだ。わかりにくくてごめん。

2012年7月17日火曜日

貧乏はお金持ち(講談社)

著者:橘玲 出版社:講談社 発行年:2009年 本体価格:1600円
 マイクロ法人を利用した「生き方」「哲学」が語られる。いわゆるフリーエージェント社会に向けた提言だが途中ダイエー創業者の中内功のエピソードやナビスコのマネジドバイアウトなどのエピソードも挿入され、興味深く読み進めることができる。法人実在説と法人犠牲説という法人格をめぐる対立だが著者はどちらにも肩入れせず、「実在説と犠牲説は混在している」という形で現状の説明を進めていき、法人にまつわる法制度や会計制度、税金制度について説明が加えられる。で、衝撃の結論が最後にでてくるのだが、それは「個人と自由」の問題。「自由にいきたい…」という人は多いが、それは本当にそうなのだろうか?ということ。ファイナンスの本と思いきや、実は近代が生み出した「自由」ってなに?という哲学的な問いが最後に隠されているのが味噌ではないかという…。この本の内容はすべて合法だが、あまりそれを実践しようとする人が少ないのは、やはり「自由」に対するスタンスと、「売上そのものを上げる力」がないと結局節税だのフリーエージェントだのといっても始まらないよね、ということになるのだろう。300ページを超える大部だが興味につられて一気に読める。

リストラなう!(新潮社)

著者:綿貫智人 出版社:新潮社 発行年:2010年 本体価格:1300円
 この本の元ネタは今なおブログで閲覧できる。準大手とされる音羽系の某出版社45歳会社員が早期退職制度に応募して退職する当日までが描写されている。準大手とはいっても退職金がなんと●●●●万円という破格の条件で、世間一般でいう「リストラ」とはかなり趣が異なる。とはいえ、出版業界がシュリンクしている状況や電子書籍にむけての戦略などあれこれ読者に考える材料を与えてくれる書籍であることは間違いない。ブログの末期からはリアルタイムでROMしていたが、それから約2年が経過してなお、紙に印刷するという書籍も電子書籍も今ひとつ業界全体としては新基軸が打ち出せていない。流通の原理がしばらく出版の世界では正常に働いていなかったのと、IFRSの収益計上基準ではおそらく否定されるはずの問屋への引き渡し時に収益を計上する方法とが、実態をわかりにくくさせていたのではないかと思う(書店で顧客がお金を出して書籍を買うのが本来の売上計上基準か、と…)。とまれ、ここまで具体的に年収やら退職金の金額などまで言及した書籍はこれまでも、今後もなかなか出てこないだろうから、1級の資料としても末長く読み継がれる書籍(ブログ)になりそう。残念ながら書店ではあまり売れなかったみたいではあるが、こういうブログから書籍を作るという手法、もっといろいろな分野ででてきてもよい気がする。

2012年7月15日日曜日

追撃の森(文藝春秋)

著者:ジェフリー・ディーヴァー 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:1000円
 ウィスコンシン州の森のなかで殺人事件が発生。緊急連絡を受けた保安官は現場に向かい、2人の殺人犯に追いかけられつつ、現場にいあわせた友人の女性をともない脱出を図る…。はたして夜明け前までに森をこえて幹線道路に達することができるのか?
 サバイバル・ホラーかと思いきや、最後の100ページで「え?」というどんでん返し。しかも材料は公平に読者にも呈示されているので、きっちり説明がつくようになっている。「ボーン・コレクター」「007 白紙委任状」のジェフリー・ディーヴァーだから期待を裏切らない面白さ。しかも殺人犯のほうも抜け目のない職人肌の犯罪者ということで、頭脳戦争の様子を呈して面白い。こういうサバイバルゲームはやはり「閉ざされた空間」だと面白さが倍増する。ウィスコンシンの深い森のなかという天然の密室のなかでの攻防戦、舞台のロケーションも面白い。

村上式英語勉強法(ダイヤモンド社)

著者:村上憲郎 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年 本体価格:1500円
 本当の英語教育ということならばネイティブの発音をいろいろ聴いたりといった作業が必要になるのかもしれない。しかし英語は得意でないけれども短期間のうちにある程度読み書きして話せるようにしたいというケースではこの本の内容はかなり使える。具体的な教材名が記載されているほか、ご本人のリーディングやライティングの実践的な取り組みなどが紹介されているので、働きながら、書籍の内容を試行できる。「試せる」「再現できる」っていうのがポイントで、いかに立派な内容でも「ネイティブとの討論」といったってネイティブそのものの都合がつかないケースも当然ある。その点、単語集や英語新聞などいくらでも入手可能な教材で読み書きの練習ができるのだから、この本が売れた理由もうなづける。仕事に役立つというだけでなく、映画をみていてもちょっとした英単語やフレーズが聞き取れるだけで映画の楽しみも倍増。最近はハリウッドの映画でも吹き替え版のほうが観客数が増える傾向にあるというが、字幕版でも実際の英語と字幕を見ながらの鑑賞で吹き替えとは異なる楽しみ方が。この本でさらにその楽しみが倍加しそうな予感。

2012年7月14日土曜日

走ることについて語るときに僕の語ること(文藝春秋)

著者:村上春樹 出版社:文藝春秋 発行年:2010年(文庫本) 本体価格:514円(文庫本)
 なぜか終始走り続ける世界的な作家村上春樹。大江健三郎も世界にはかりしれなく傷つきやすい作家だったが村上春樹氏もはてしなく傷つきやすい。その「傷」を他者との違いにもとめて、違うのだからこそ固有の物語を書けるのだと前向きに転換してしまう。「心の受ける生傷は、そのような人間の自立性が世界に向かって支払わなくてはならない当然の代価」としてしまう。で、そこで話は終わらず、そうした「傷」は時に人の心をむしばんでしまうのだから、自分を身体的に痛めつけて「自分が能力に限りのある、弱い人間」であることを再確認する…というのが著者にとっての「走ること」。著者にとっては自分の弱さを再確認する作業が「走ること」の一部にもなっているが、これ別にほかのジャンルのほかのスポーツでもゲームでもなんでもかまわない。自分の弱さと向き合い、さらにそれを「物語」にしてしまうこの作家。もしこの作家が走ることにめざめてなければ、それこそ凡庸な人になっていたのかもしれない。
 で、文庫本229ページに16歳のときの思い出として鏡に写した身体をみて「借り方が圧倒的に多く、貸し方がろくすっぽみあたらない、僕という人間の気の毒な貸借対照表」(229ページ)というくだりがあるが…。意味としてはなんとなくわからないでもない。アンバランスということを表現したかったのだと推測されるが複式簿記的にはちょっと…。

2012年7月11日水曜日

夏の庭(新潮社)

著者:湯本香樹実 出版社:新潮社 発行年:1994年 本体価格:400円
 昭和の香りがする小説で、ここには携帯電話もパソコンもない。そして一人暮らしの老人がいてそれはどうも「前の戦争」で嫌な思い出をひきずっているらしい…。
 魚屋さんっていうのも確かに私の小学校の同級生にはいたような。ただ「~さん」とよばれるような一般小売商は現在では量販店や総合スーパーにおされて、風前の灯火だ。コスモスの種を「庭」にふわっとまくシーンが印象的ではあるけれど、今の子供たちはコスモスが一面に咲く光景は観光地でしかみれないのかもしれない。
 なんとなく気があう男3人組だが、終わりはやはり定番どおりの終わり方だ。人間が死んで土に帰り、そこからまた新しい人生が3つ育っていく。あれ。これは植物的だ。

2012年7月3日火曜日

英国王7人が名画に秘めた物語(小学館)

著者:ライト裕子 出版社:小学館 発行年:2012年 本体価格:1100円
 小学館のビジュアル新書シリーズの最新刊。4色・コート紙という贅沢な造りで、これならばこの値段もやむをえまい。内容的には陳腐化するようなものではないので、新刊売り切りというよりは重版を重ねていくタイプの新書だろう。このサイズでのアートの入門的な新書って、案外需要が大きそうな予感がする。この本ではロイヤル・コレクション所蔵の絵画とそれにまつわる7人の英国国王のエピソードを紹介。同時に海外ドラマ「チューダー」もみているがヘンリー8世をめぐる物語と絵画は非常に面白い。有名なホルバインの絵とアン・ブーリン、フランソワ1世、カール5世、メアリ1世、フェリペ2世、エリザベス1世の肖像画も紹介されており、この時代の主な登場人物は英国国王と一緒に紹介されている。ロイヤル・コレクションの絵画の説明と歴史上の人物のエピソードとの混在がやや読みにくいが、「こんな絵画をこの国王が所蔵していたのか」という意外感とともに読み進めることができる。

2012年7月2日月曜日

通販だけがなぜ伸びる(光文社)

著者:鈴木隆祐 出版社:光文社 発行年:2003年 本体価格:740円
 「通販」に関する新書で、カタログというのがかなり影響力があるのを実感。パソコンのPDFの画面でもおそらく同じものは閲覧できるはずだが、おそらくそれでは、「購入しよう」というアクションを消費者に起こさせないのだろう。カタログについては商品の質感がでるコート紙のほうが効果が高く、マット紙のようにあえて光沢を抑制するような紙では効果が薄いというから、パソコンの液晶画面ではそれほど効果がでないと思われる。
 事業者によっては配送センターはもちろんのこと動画の撮影をおこなうスタジオまで所有しているというから驚きだが、通販の伸びそのものはかなり理論的に精緻化されており、これから新規参入などは難しそうな感じを受けた。百貨店や総合スーパーなどでも店舗販売とは別に通信販売に乗り出したいところはあると思うが、この新書におさめられたノウハウだけでもかなりの固定資産と人的資本が必要。電話の応対だけでもかなりのプロフェショナルが存在しており、これから老舗の通信販売の事業者が寡占化していく印象を受けた。

ナノテクノロジー(PHP研究所)

著者:川合知二 出版社:PHP研究所 発行年:2003年 本体価格:700円
 ナノテクノロジーが21世紀の科学技術のうち日本の競争力を担う…といわれているが、実際のところ、ナノテクノロジーってなに、という疑問に答えてくれる本。ウェブでもナノテクノロジーについて調べることはできるが、一定の「かたち」「しくみ」「体系」で理解するのには、今のところ新書が一番のアイテムではないかと思う。文庫本の判型では図版や写真がみづらいが、新書サイズだと縦に図版がみやすく入るというのも魅力的である。カーボンナノチューブやバイオテクノロジーへの応用などの基礎知識も頭に入る。
 ただ最新の知識で、しかもさらに詳しい内容となるとやはり四六判の単行本で2000円~3000円の価格帯がベスト。いきなり単行本からナノテクノロジーの世界に入るよりもまず新書から、が自分の読書計画でこれからさらにナノテクノロジーについて調べる予定である。

2012年7月1日日曜日

伊藤元重のマーケティング・エコノミクス(日本経済新聞社)

著者:伊藤元重 出版社:日本経済新聞社 発行年:2006年 本体価格:1700円
 タイトルが「マーケティング・エコノミクス」となっているが、内容的には流通論というべきだろう。一応消費理論(特性アプローチ)とか自己選択理論などもでてくるが、いずれも商品学とかマーチャンダイジングの話だし、タイトルがやや「難しげ」になっているのが書店ではあまり印象が良くないかも…。商品を購入するさいに、単に商品だけを購入するだけではなく、「便利さ」「快適さ」など種々の特性も購入するという考え方が特性理論で、付加価値のついた商品やソフト化された商品といった概念はいずれもこの「特性理論」から派生する概念といっていいだろう。専門は国際経済学の著者にとって、理論ではなく現実的な経済の動向をみていくのに国内の小売商の動向はいきた教材になっているのかもしれない。といって流通論専門の先生とはまた異なるアプローチで現象を読み解いていく「手際」が見事。

環境負債(筑摩書房)

著者:井田徹治 出版社:筑摩書房 発行年:2012年 本体価格:780円
 う~ん…。環境問題が国境や時代を超えた問題であることは周知の事実と思っていたが、それを再確認するという意味合いの新書なのか。特に目新しい内容を読んだという気がしないが、タイトルだけは初めてみる「環境負債」。環境負債がどんどんたまるとやがては「環境破産」になる、という意味合いらしいが、それではその「環境破産」というのが具体的にどのような事態なのかがわからない。あれこれ新規の指標も紹介されているのだが、根っこの部分である問題そのものに新しい解釈がなければインデックスだけ更新しても解決策にはならないのではないか。
 森林問題についてもあっちこっちに著述がちらばって、一応第7章が集大成のようだが、読者の頭のなかで一回文章を再構築しなければならないのが非常に手間。目次の立て方や統計資料、写真などはかなり入っているので、もう少し書籍全体の構成をわかりやすくはできなかったか。索引がまったくないのも不親切。ごちゃごちゃしていて索引がなければ、これも読者のほうでタグをつけなくてはならないということか。

サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」がでている(マイナビ)

著者:西内啓 出版社:マイナビ 発行年:2012年 本体価格:830円
 一応学問的な答えを用意はしてくれている。ただ解決策にはおそらくならないだろう。経済学の場合には一定の仮定をおいてその上で理論上あるべき均衡を指し示し、現実と比較して「それはこういう理由だから…」という展開をたどることが多い。
 自分たちの仕事をより大きなモデルでどらえてそのなかに意義と喜びを見出す…というのは確かにそうだと思う(本を作るにしても単に原稿整理をしているだけです、誤字誤植を探しているだけですというのでは非常につまらないし生産性も上がらない)。文化的枠組みのなかでどこいらへんの仕事をしているのか、書籍流通の流れのなかでどこいらあたりに位置しているのかといった視点がないと多分長くは続かないだろう。ただそういう巨視的な視点をいかに持ち込むかという方法論は明示されていないので、そういう抜本的な解決策を見出そうという読者にとっては「かっくらきん」な感じになるかもしれない。行動心理学や経営学一般に興味のある読者にはこういう見方もできるのか、という面白さもあるだろう。

一人では生きられないのも芸のうち(文藝春秋)

著者:内田樹 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:571円
 学生時代、特に4年生のときには「なんで働かなきゃならんだろう…」と思い悩んだことを思い出す。大学院にいこうか…ともちょっと考えたが、論文を作成して一定の評価を受けてさらに新しい学説を発見するというとてつもない知の深海におそれをなして一般企業に勤めた。で、それから●●年、想像をこえるいろいろな出来事があったが、大学院にいかず、そこそこ勤務してきたことでまあよかったかな、と思っている。「適性にあった仕事がみつからない」というのが今の失業率の高さになっているが、著者は「労働は義務である」とばっさり。「まずは働いてみてよ、それで何にむいているかわかるから」ということだ(95ページ)。さらに労働の成果は集団に帰属するとも。「やりがい」という言葉にひそむ安定した社会という前提にも著者は警鐘をならす。
 タイトルだけでは読者はなんとも判断できない内容ではあるのだけれど読書もまあ「読んでみてからわかる」っていう部分はある。読まないうちから「だってつまらなそうだもの」というのは非論理的だ。で、社会の「常識」とポストモダンの「常識」って案外親和性が高いというのもこの本を読んできづく。前衛的な芸術家がときには反社会的な行動とることあるんだけれど…やはりそれって無理がある。無理があるとたいて次の世代には継承されないんだよね…。

仕事ができる人はなぜレッツノートを使っているのか?(朝日新聞出版)

著者:山田祥平 出版社:朝日新聞出版 発行年:2009年 本体価格:1500円
 読みたいけれど本屋さんにない…という場合には昔だったら神田か高田馬場の古本屋をじっくりまわって探索するというやり方だったが、最近はすぐamazon。この本もamazonで入手したが経費と時間を考慮すると古本屋を一日探すよりははるかに効率がよい。自分もレッツノートを最近持ち歩いているが、確かにこのパソコン、自宅に設置したり会議のときだけ持ち歩くだけではコストパーフォマンスが悪い。むしろ日常的に持ち歩かないと、その良さが実感できない高機能機種といえる。会議だけであればネットブックやウルトラブックで不自由することはさほどないし、テキストエディタで文章は十分だろう。ただ原稿整理やある程度段組装飾などをやるときにはwordは現在は「必要悪」。中身としてはウェブなどからでも入手できる情報がなくはないが、それはそれ、紙ベースで本として持っておいたほうが、やはり「安心」できる。あんまりレッツノートにデータを詰め込み過ぎるとクラッシュしたときの「悲しみ」が相当深いものになるが、バックアップをしっかりしておけば、この本の著者のように「すべて」持ち歩くという手法も悪くない。

物流とロジスティクス(アニモ出版)

著者:湯浅和夫 内田明美子 芝田稔子 出版社:アニモ出版 発行年:2011年 本体価格:1800円
 物流関係の入門書にあたるが、活字が大きくて読みやすい。取次との関係もあるかもしれないが本体価格はやや高すぎる印象。ただ物流関連の法律はわりと変更があるし、図版や統計資料なども挿入しなくてはならないからやむをえない価格設定かもしれない。物流二法が施行されてからトラック運送事業者の数が飛躍的に伸びていたり、ロジスティクスと物流の違いを理解するには非常に良い本。ABC原価計算も原価計算で学習していたときには製造業には応用が難しい技法だと思ったが、物流関係の原価計算をおこなうには既存の製造間接費配賦よりも活動原価計算基準のほうが適切なようだ。
 内容的に大売れする本ではないが、できれば一人でも多くの物流関係者やマーケティング関係者、総務の方に読んで欲しい本。

噂を学ぶ(角川書店)

著者:梨元勝 出版社:角川書店 発行年:2001年 本体価格:571円
 「非常に面白い」という評判は聞いていたが、どうにも入手できなかった新書。amazonで注文して届いてから一気読み。うん、面白い。著者が函館大学商学部に客員教授として授業をもったときの話をベースに「噂」について考え抜かれた理論を展開してくれている。「現場一筋」でとにかく現場にいってみようという発想とさまざまな人間関係のしばらみはありつつも「芸能レポーター」を「報道」として貫く姿勢が興味深い。大新聞の政治部の記事も考えてみれば特定の政治家により過ぎると客観性をそこなうし、飛び込んでいかないとこんどはかなり場違いな議論にもなる。芸能人とレポーターの間にひとつ「谷間」があるように、政治家と政治記者の間にも「区分」はあるべきなのだろう。芸能プロダクションの圧力とテレビ局上層部の圧力を受けつつも「大物芸能人」に肉薄していく様子にとにかくリアリティがある。また「噂」がもつ「力」についても、実話をもとに理解がおいつく。火のないところにたつ噂であってもそれが影響力をもつかぎりは無視はやはりでいないものらしい。
 出版自体は今から10年以上前の本なのに、著者が主張しようとしていたことはテレビからウェブやラジオに場所をかえても同じことなのかもしれない。一読の価値あり。