2012年4月30日月曜日

いますぐ身につけられるビジネスマナー(PHP研究所)

著者:山崎武也 出版社:PHP研究所 発行年:2012年 本体価格:1000円
 経営コンサルタント山崎武也氏のビジネスマナーの本。昔からこの著者の本はわりと愛読しているがすでに76歳になってらっしゃるのではないだろうか。かなり厳しい経営倫理やビジネスマナーを説かれているが、こういうウェブの時代だからこそ書籍で厳しい内容を出版する意味もある。
 だいたい書店で販売されているビジネスマナーの本は、「お客様には会釈をする」「電話にでるときはメモをする」といった箇条書きで構成されていることが多い。この本はそうした箇条書きの構成ではなく、「なぜ会釈をするのか」という理由付けをしっかり書いてある点が特色といえる。マナーの本は多色刷りが多いが、この本も四六判で2色。定価が224ページで1000円はやや割高だが、2色でカバー付き、さらにイラストも随所に挿入されている点で原価が上がったのかもしれない。
 終の方で、「装丁」だけで1ページ、奥付で1ページ、さらに宣伝で1ページというもったいない構成になっているのと、内容的には第3章にくるべき項目が最後の章にまわっているのがもったいない。台割の関係で最後担当編集者が苦しんだ結果ではないかと推定されるが、あともう一つコラムを増やすか、あるいは付録として索引をつけるかしておけば本としての完成度があがっただろう。索引2ページくらいはなんとかなったのではないか…と思えるだけに惜しい。

物語フランス革命(中央公論新社)

著者:安達正勝 出版社:中央公論新社 発行年:2008年 本体価格:920円
 どうにも面白いフランス革命。極端に難しい本が多い中、安達正勝氏のこの著作は1789年のバスチーユ陥落から1804年のナポレオンの戴冠までをフランス革命と位置づけ、ルイ16世についても無為無能ではなくこの時代にあっては比較的有能だったという位置づけで語られている。随所に「自由と平等の光と影」などのコラムがはさまれ、脇役である死刑執行人サンソンについてもページをさくなど著者の歴史をみる視点をかいまみることができる。全6章構成のうちナポレオンの登場から戴冠式までを第6章に独立してとりあげ、かなりページをさいているのが印象的だ。フランス革命以後、内政面では王党派とジャコバン派の舵取り、外政面ではフランス共和制を好ましくおもわないヨーロッパ諸国との戦争があり、共和国の総裁政府では難局を乗り切るのが難しい情勢だった。ナポレオンの登場は必然ではあったが、共和制国家でなく立憲王制だったならば、はたしてピルニッツ宣言や諸外国との戦争もこれほどのものだったかは疑問。1791年のヴァレンヌ事件はやはりひとつの境目だったようだ。自由と人権がテーマのフランス革命も、マリーアントワネットの息子ルイ・シャルルへの仕打ちや恐怖政治における貴族や穏健な共和主義者への死刑宣告は後のソビエト連邦の収容所やポルポト派の虐殺を連想させる。フランス革命前半の明るさと後半のくらさ。そしてナポレオンという独裁者の登場といった流れは「過去に学ぶ」必要性がありそうだ。

2012年4月29日日曜日

運命の人 第四巻(文藝春秋)

著者:山崎豊子 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:638円
 新聞記者をやめ故郷に帰るが、その後沖縄の宮古諸島で隠遁生活を送る「弓成」。花形の政治部記者としてのキャリアは絶たれ、自殺も考えたすえ、沖縄と在日米軍の基地の問題に目を向ける…。
 ここから先が事実をもとにしたフィクションの世界でどこからどこまでが本当なのかはわからない。ただこの第四巻では沖縄返還密約問題以上に第二次世界大戦末期における沖縄の攻防戦の悲惨さとその後の基地問題にページがさかれている。民主党の鳩山元総理の不手際で米軍基地の移設はさらに混迷を深めたが、第二次世界大戦だけではなく琉球王国と薩摩藩の関係の時代からも「本土」と「沖縄」には複雑な問題があった。それがさらに悲劇につながったのが、第二次世界大戦の本土決戦と基地問題、そして返還にまつわる種々の外交交渉だ。
 アメリカとの外交関係を重視すると、今の状況では沖縄県民への情報開示が不足し、理解を得ることもできない。密室外交のつけが、今の移設問題につながったともいえる。「あとがき」で著者の山崎豊子氏がアメリカ公文書館で密約を立証する文書が発見されているにもかかわらず秘密主義を貫こうとする元外務省官僚に怒りを爆発させているが、情報開示や審議誠実をアメリカの外交官に貫くのか、あるいは国内の国民に貫くのか、どっちを優先させているのかわからないのが沖縄をめぐる外交問題ともいえる。
 この「西山事件」については当初の関係者は「時間が経過すれば歴史の流れのなかに埋もれるだろう」と考えていたふしがなくはない。ただ昭和47年から現在の平成24年に至る時間の中では、情報公開法や憲法の表現の自由などを考える際には必ず引き合いにだされる「教材」になっているほか、沖縄問題を考えるさいにも必ず参照される事例になっている。今後さらにこの問題や機密文書、当時の検察庁による起訴状などはさまざまな角度で検証されることになるだろう。
 単行本が上梓されてから異例の早さで文庫本になったというが、それは著者による「この問題をなるべく早く多くの人に知ってほしい」という思いからだという。携帯電話もPDFもない時代の取材や報道の「小説」だが、インターネットの発達した今だからこそ投げかけている問題は大きい。

2012年4月28日土曜日

運命の人 第三巻(文藝春秋)

著者:山崎豊子 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:638円
 弓成の国家公務員法違反は東京地裁では勝訴。しかし高裁では逆転有罪となり、最高裁では高裁判決維持で上告は却下される。
 「知る権利」(国民にとっては知らされる権利)と国家機密の維持の問題はいわゆる「男女問題」と同等に報道され、弓成は新聞社を退社することになる。
 モデルになったと思しき某全国新聞も実際の事件では途中から腰砕けになっていたというが、小説の中でも若手や組合の言い分よりも販売部門や上層部の意見が通っていく様子がなまぐさく著述されている。「言論の自由」を守るというのは、憲法のテキストにかかれているよりも、泥臭く根気が必要になる… というモデルをこの小説は提供してくれているのではないか。そしてともすれば「第四の権力機関」にもなってしまう新聞記者の傲岸さも。
 国家レベルでいえば情報公開と機密維持の利益のバランスの問題だが、個人レベルでは主人公は外務省事務官を懲戒解雇と離婚に導いたことになる。悪意のこもった証言や手記があきらかにされても悄然とそれを受け止めることができるのかできないのか。ひたすら「奈落」の底に落ちていく様子がこの第3巻。

運命の人 第二巻(文藝春秋)

著者:山崎豊子 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:619円
 「毎朝新聞」政治部のスター記者として活躍していた弓成は警視庁に出頭後、国家公務員法111条違反容疑で逮捕。警視庁の留置所に拘留される。この「脱落感」はこれまでの為政者が逮捕されたときにも共通するものではないか。言論の自由を縦に紙面構成をする毎朝新聞も、事件の背景が明らかになるにつれトーンダウンしてきた。
 小説が舞台背景にしている時代と情報公開法などが定められた現在とでは状況が異なる。ただし「公益」と「情報公開の原則」の矛盾する在り方は今後も設定をかえてまた起こりうる話だ。昭和47年当時であれば「報道」は新聞や雑誌、テレビがメインだったが、これからはインターネットによる情報発信ももっと増えてくる。新聞記者のスクープは官庁にしてみれば機密漏洩にあたる事由も増えてくるだろうから、「西山事件」が提出した論点はやはり大きい。大きな流れでいえば沖縄はやはり日本に返還してもらうのが当然の流れだったし、そこに至る過程で原状回復費用などのコストを日本が肩代わりするのもやむをえない選択だったのだろう。今の状況からすれば返還が確定したあとに、こうした事由についての了解を国民に問う…という流れもありうるが昭和47年の段階では大義のためには機密保護を優先せざるをえない建前があったのかもしれない。西山事件当時の外務省のアメリカ局長が91歳で証言をしたのはこうした時代の変化をふまえての決断だったのだろう。大義をおしとおせば、個人のなかには私生活が犠牲になる人もいる。その犠牲をはねかえすか、あるいは犠牲につぶされるかはまた個人それぞれの資質にまかされる。この小説の主人公「弓成」は、あくまでジャーナリストの「報道」を優先したのだろう。もっともニュースソースが明らかになるようなデータを野党の政治家に渡すなど、脇の甘さがあったことは事実。主人公の傲岸さもあわせて書く事で、この小説の深みも増している。

2012年4月27日金曜日

運命の人 第一巻(文藝春秋)

著者:山崎豊子 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:619円
 もはや憲法の判例集などでは掲載されていない本がないほどの有名な事件「西山事件」を題材にした小説。すでに最高裁でモデルとなった元新聞記者の方の「有罪」は確定しているが、その後当時の外務省アメリカ局長だった方が「密約の存在」を法廷で証言。地権者などへの賠償金を日本がアメリカを迂回して出資するという密約の存在を認めた。この事件が戦後の「言論の自由」をめぐる各種の判例のなかでも異色をはなつ事件だったことは間違いない。憲法判例集などで事件や判旨を読んでも「情を通じ」といった表現にぎょっとする。国家公務員に対する守秘義務違反を際立たせようという当時の検察庁の意図もあったのだろう。ただ文章全体にただよう「下世話感」がこうして歴史を積み重ねていくと「異形の判決文」「異形の判例」になってしまったのが皮肉といえば皮肉である。この第1巻では主人公が「花形記者」として活躍していた様子と警視庁に任意出頭、逮捕されるまでの様子を描く。新聞社の側にも外務省の側にもいろいろな予測と計算があったのだろうが、50年以上を経て、なおも「話題」と「関心」をよび、さらに判例集に必須の事件になってしまったのは両者にとっては大きな誤算だっただろう。

2012年4月24日火曜日

100億稼ぐ仕事術(ソフトバンクパブリッシング)

著者:堀江貴文 出版社:ソフトバンクパブリッシング 発行年:2005年 本体価格:657円
 7~8年前にはこの文庫本は書店でワゴンに平積みされていた。郵政民営化か否かという総選挙では、広島の選挙区で亀井静香氏と一騎打ちも演じたが、その後金融商品取引法違反で検察庁特捜部に逮捕。現在は「刑務所なう」が平積みされているという生命力の強さ、だ。
 当時のライブドアの金融商品取引法違反については、確かに粉飾決算ではあるのだが、本来は資本取引による純資産に計上すべき項目を売上高に加えていた…ということで会社の中に現金もしくは現金同等物が存在しなかったわけではない。投資家をミスリーディングするような行為があったのは事実だが、キャッシュがないものをあるように偽装したわけではないのがこの方らしいといえばこの方らしい。タイトルは「いかにも」という感じだが、内容は商売に徹しきったきわめてオーソドックスな内容で、キワモノではけっしてない。なにかしらの目標があってそこに向けてエネルギーを傾けるという点では非凡なものがあると感じた。ITの活用については2005年当時の状況を反映してメールリストの活用などクラウドが出現する前のもの。といって、デジタルで記録やメモをとるという発想は、それほど古びてはいない。パフォーマンスがともすれば先行しがちな方ではあるが、この生命力の強さはひょっとすると5年後10年後に別のかたちでまた世間の脚光をあびるのかも…と思わせるものがある。「模倣からオリジナリティへ」と説く内容は、「刑務所なう」の発行で「実践」にうつされてきたようだ。

2012年4月23日月曜日

フイヤン派の野望(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:543円
 毎月小説フランス革命の文庫本が書店に並べられるのが待ち遠しくてたまらない。もちろん歴史を扱っているわけで、ヴァレンヌ事件の直後、一気に共和制に向かうジャコバン派からフイヤン派が離脱。立憲君主制をめざしてラファイエット派からパルナーヴなどジャコバン倶楽部の右派までを幅広く結集。そのあと偶発的にシャン・ドゥ・マルスの虐殺が勃発…。理想主義者のロベスピエールの心境などはこの小説を読まないと想像力が追いつかない。その後のギロチンによる「貴族」やフイヤン派への「虐殺」を想起しておこないと、結果を知っている読者にとっては、ロベスピエールに肩入れするわけにはいかないのだが、なぜか読んでいるうちにロベスピエールなどの左派に肩入れしたくなるのは、著者による一種の「仕掛け」か。
 理想にもえるデムーラン、ダントン、マラとそしてロベスピエール。しかし歴史の教科書はデムーランもダントンもギロチンに消える運命を教えてくれる。

2012年4月22日日曜日

火の路 上巻・下巻(文藝春秋)

著者:松本清張 出版社:文藝春秋 発行年:2009年(新装版) 本体価格:705円
 シルクロードはどんな歴史の教科書にものっている。が、絹だけでなく人や文化も伝播しており、さらに宗教も伝播したとしていたら…。というアイデアで、日本の斉明天皇とペルシア(イラン)のゾロアスター教を結びつけたのがこの作品。いっときは廃刊だったらしいが、ウェブで調べると新装版として再発行されていた。「ゼロの焦点」「砂の器」などと比較すると知名度は低いが、さすがの内容で、奈良に残る酒船石の奇妙な文様や益田岩船と斉明天皇に関する「日本書紀」の著述、そしてシルクロードとゾロアスター教とのつながりなど、知的好奇心を触発する題材と構想力で一気に上巻と下巻の終わりまで読ませてくれる。あとがきでは同志社大学名誉教授の森浩一宣誓が最新の酒船石に関する研究成果を紹介しており、必ずしも小説の内容と考古学や史学の調査結果が一致していないことが読者にはわかるようになっているが、かといってそれが小説としての面白さや構想力も巧さを減殺するようなものでもない。歴史小説という分類にはなろうが、同時代的な「昭和」の題材も同時進行しており、「平成」かつ21世紀の日本からすると「歴史」が2つ並んで小説の世界を構成していることになる。ただ、人間が織り成す「物語」は飛鳥時代であっても昭和であっても、そして平成であってもさして大きく変わるものでもなく、遠く離れたイランの遺跡も飛鳥時代の遺跡も人間の生きた「跡」というしみじみした実感が読み終わったあとに湧き出てくる。やや難しい内容ではあるけれど、それがゆえに仮想の世界のリアリティが増している。

2012年4月14日土曜日

IFRSはこうなる(東洋経済新報社)

著者:田中弘 出版社:東洋経済新報社 発行年:2012年 本体価格:1600円
 IFRSについては批判的なスタンスの本である。EU域内の会計基準統合に利用されてきた経緯や、「買収価格」を計算するのにIFRSが非常に適合していることからくる懸念が表明されている。著者が主張するように個別財務諸表は収益費用アプローチで、連結財務諸表はIFRSをベースにした資産・負債アプローチで作成し、さらにIFRSは任意適用するというのはわりと現実的な話であるように思う。ただIFRSを全面否定はやはり私としてはできず、収益費用アプローチの良さは認めつつもIFRSもしくはIASの影響で日本は退職給付会計やリース会計の整備ができるようになった(著者はリース会計の整備についても批判的である)。リース債務については買収案件ならずとも利害関係者にとっては重要な情報であるほか、GMなどの例にもあるように退職給付債務の金額は伝統的財務会計制度では「隠れた債務」となっていた。それが時価会計ないし資産負債アプローチによって財務諸表に計上されるようになったのは、やはり投資家にとってはいい情報だ。著者の主張を参考にしつつもさらに妥当な調和としては、個別財務諸表については収益費用アプローチを重視しつつも時価主義会計も取り入れ、連結財務諸表については資産負債アプローチを重視しつつも包括利益計算書で当期純利益を区分表示するなど一部収益費用アプローチを取り入れるということになるだろうか。個別財務諸表についても連結財務諸表を作成するプロセスでIFRSを適用してから作成するのであれば、有価証券報告書などに添付してもよいだろうし、XBRLなどを活用できるように財務データをウェブからダウンロードして投資家やアナリストが独自の「財務諸表」を作成できるようにしてもいいはずだ。
 IFRSが、ここ数年あまりにも急激に「力」をもちすぎた面はある。 ただ昔の取得原価主義ではやはり経済的実態を反映しきれてなかった面もあるので、両者ともに公表(開示)していくというのがベストな選択ではないかというのが読後感。

2012年4月12日木曜日

名画の謎~ギリシア神話編~(文藝春秋)

著者:中野京子 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:1524円
 「通俗の極み」ともよばれるB級映画をみていて、時に「アカデミー賞作品賞」をもしのぐ傑作を見出したりする。三池崇史監督の「殺し屋1」とか「13人の刺客」とかは映像って躍動するものだな、とつくづく思う。絵画についてはどうか、というとこれは歴史が映画よりもはるかに長いせいか一定の評価が覆るということはめったになさそうだ。ただポストモダン的な絵画の「評論」ってわけがわからないが、この「名画の謎」は「まず何が描かれているのか」、そして「画家は何を題材にしていかに遊ぼうとしていたのか」を分析してくれる。あ、こういう絵画評論だと絵は苦手だが、絵を見ることが楽しくなる。「何が書かれているのか」を虚心に見ることって意外に展覧会などでも少ない。でも限られたスペースで何かを書こうとした場合、不必要なものはけっして描かれることはないはずだ。それがギリシア神話から題材をとったものであれば、まずは書いた瞬間の世相なり画家の事情なりが反映されているわけで。ただ著者はそうした近代的な見方を紹介しつつ、さらに著者独自のポストモダンな解釈も展開してくれているので、題材分析にとどまることはない。歴史や画家のエピソードにも目配りが聞いていて、「芸術でござい」という上段にふりかぶったところがないのが読みやすい。絵画の印刷も非常に綺麗でオフセット印刷もここまできたか、と感慨にふけることしきり。

集中力(角川書店)

著者:谷川浩司 出版社:角川書店 発行年:2000年 本体価格:571円
将棋の世界は非常に厳しい。一定の年齢までに4段にならなければプロの道を立たれる。そしてA級のなかで勝ち抜いて名人を獲得するのは天才と天才の争いのなかで決するだけにすさまじい集中力を必要とする。脳科学的に集中力を分析することは医学の研究者であればできるが、その研究者が名人ほどの集中力を実際に発揮できるかどうかはまた別の問題だ。そこで集中力について語るこの本の希少性がうまれてくる。1万時間の努力の蓄積やミスをしたときの気持ちの切り替え、先入観をもつことで生じる情勢の分析の誤りといった項目は、それぞれの世界ですぐ活きる。そして名人が最終的に重視しているのが周囲の応援と「気力」というのが興味深い。戦術の分析や過去の歴史は当然のことながら研究するとして、それをいかに現場で活用するのかは「気力」や「周囲」にかかってくるというのだ。「勝てばいい」という狭い考え方ではやはり一定のレベルで行き詰まりを見せるということだと思う(受験勉強でも受かればいい、というのではなく受かることとにくわえてプラスなにをするべきか、がポイントになるのと似ていると思う)。謙虚さと凄みが入り混じった名人らしい切れ味のよい新書である。

2012年4月11日水曜日

ルポ貧困大国アメリカⅡ(岩波書店)

著者:堤未果 出版社:岩波書店 発行年:2010年 本体価格:720円
 ハリウッド映画でよく見られるシーン。「父さん、僕大学にはいかないよ(あるいは行けないよ)」。
 こういう資金繰りのために大学進学を断念するのは、アイビーリーグのような私学だけかと思っていたが、この本を読むと、民間の学資ローンが巨大化し、さらには大学の授業料は公立であっても上昇する一方であることがわかる。 授業料の値上げの要因は公的予算削減(著者は断言していないが軍事費の増大が遠因ではないかと推察される)と設備投資。さらに投資の失敗。公的奨学金も一応あることはあるが、それが民間のサリーメイにおされていく様子を著者が淡々とつづっていく。学資ローンの債権が「転売」されていくというのもアメリカならではか(日本では債権譲渡は一応自由だが学資ローン債権の譲渡が金融機関相互でおこなわれるところまではいっていないはずだ)。この学資ローンにつづく企業年金削減のルポがさらにすさまじい。アメリカ災害の産業別組合UAWはつとに有名だが、破綻したGMは退職した従業員に対する企業年金と医療保険はかなりてあついものがあった。それはもちろん労働組合の「成果」ともいえるが、これが現役世代を苦しめる。民間企業で死亡するまで企業年金を引き受けるというのは実際には無謀に近い。日本でも確定給付型から確定拠出型年金に切り替える会社が増えてきているが、その維持コストが企業や現役世代に与える負担はかなり重たい。右肩がりの幻想から生まれた労使協約がかえって企業の寿命を縮めたのは皮肉だ。この本はさらに医療保険改革や刑務所ビジネスにまで話が及ぶ。
 読んでいるうちにふと思う。日本はアメリカとよく似たコースをたどっているようで実は違うルートをたどっている。学資ローンはアメリカほどあこぎではない。住宅ローンの負担もおもたいかもしれないが、サブプライムローンほど破滅的ではない。健康保険は国民皆保険だし、組合はだいたいとのころ企業別組合だ。市場原理の貫徹がアメリカほどではない、という見方もできるが、UAWのような巨大労働組合は市場原理とは程遠い存在だ。経済的なインフラが問題なのではなく「違い」は文化的な要因にあるのではないか…という気がしてならない。とんでもない企業年金や労使協定は期間の違いはあれど「みっともない」ということで「是正」されるのが日本で、「権利は権利」といすわるのがアメリカというように断定してしまってはアメリカに気の毒だろうか。消費することが美徳というような生活のアメリカと中国の影響下で「竹林の七賢」のような生活が一種憧れをもって語られる国とでは、たとえば学生ローン債権の転売を是とするか否とするかでかなり違う結果を生む。国民皆保険も経済原理からすればけっして非合理的なものではなく、むしろリスクを分散するという観点では合理性をもつ。それが受け入れられないアメリカはよくいえば「個人が確立」しているが、日本では「助け合い」となる。つくづく「経済理論」も土壌となる文化が違えば似て非なる花が咲くものだと思う。

2012年4月10日火曜日

つぶれる会社には「わけ」がある(日本経済新聞出版社)

著者:林總 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2012年 本体価格:667円
 同窓会で始まった起業の「成功」と「失敗」の物語。現金主義(発生主義では資金繰りの情報はつかめない)とキャッシュフロー計算書、個人が会社を始めるときの手続き(80ページ)、買収の落とし穴(114ページ)とけっこう実務的な知識がストーリーに盛り込まれていて面白い。なかでも126ページから展開される信用状(L/C取引)の説明が面白い。現金取引は貿易ではなかなか難しいので銀行が一種の支払い保証をおこなうもの。貿易実務などぜんぜんわからない読者でも為替手形と船荷証券の売買を円滑におこなうシステムといった理解ができると思う。結果良ければすべてよしではないが、最終的には全員仲良く明日に未来を…という展開でこれはまあ予定調和的にしょうがない。まあベンチャー企業の陥りがちな資金繰りの失敗や予想以上の成功率の低さといった点は、この本に限らずもっと世の常識として喧伝されてもいいと思う。自己破産してしまうとやはりクレジットカードは使えない、ローンは組めないなど生活にデメリットがでるほか、経営者としても一般社会人としてもあまり名誉なことではないことは確か(多重債務に苦しんでいる人には救済策になり、それを否定するわけではない)。夢見て自己破産するよりもまず足元を着実に固める生き方が見直されてもいいとは思う。実効税率という考え方が理解できると借金をかかえて投資して、それを回収していくのがいかに難しいか、ということもこの本は教えてくれる。

2012年4月9日月曜日

映画欠席裁判(文藝春秋)

著者:柳下毅一郎 町山智浩 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:895円
 映画「ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」をもじって「ファビュラス・バーカー・ボーイズ」を名乗る二人の映画談義。これまで単行本として出版された本3冊を文庫本に凝縮。そのせいかビミョーに扱われている映画が古い。それがまたいいんだけれど。映画評論の映画評論たる所以は、読者が「ん、この映画面白そう」っていうことで実際に映像の世界に入ってみようとするモチベーションを与えること。この本、かなりの部分実際に私は見ているけれど、それでも見てない作品についてはDVDで入手してでも見てみようと思った。で、この本ではあまり評判の良くない映画がまず「ポセイドン」。1972年の原作をさらにリメイクした作品が評判悪いのだが、いやリメイクも面白かった。この映画の醍醐味は根拠も何もない戦略の立案と実行。原作でもジーン・ハックマンが根拠なく船尾に向かうがリメイクでは賭博師(ギャンブラー)がそれなりに理屈を駆使して目的地に向かう。根拠のあるパニック映画と根拠のないパニック映画ではやっぱり根拠のあるほうて素敵。ま、どっちもいい勝負といえばいい勝負なのだが、80年代B級映画のスター、カート・ラッセルが出演しているあたりリメイクの魅力もそれなりにある。
「ダ・ヴィンチ・コード」も非常に評判悪いのだが、自分としてはそんなに悪い話とは思わなかった。なんにしても映像がとても綺麗で、ラスト間際の道路沿いから垂直にスルスル下降していくカメラワークはまさしくロン・ハワード監督の才能そのもの。粗筋だけとってみると「なんだかな」の世界だが、同心円状に物語が拡大してまた一定の収束に向かうという幾何学的構図こそがこの映画の醍醐味だった記憶がある。
 映画ってけっきょく「たくさん見てナンボ」の世界でもあり、いわゆる「名作」ばかりみていても映像イメージは広がらない。B級映画を含めてたくさん作品をみて脳内にイメージを蓄えて、それでまたまた映画談話を繰り広げていくプロセス全体が映画鑑賞っていうことではないかと思う。エリック・ロメールとかゴダールとかばっかり見ている人よりもアクション映画からコメディまで幅広く映画を見ている人のほうが絶対「強い」。この本読むのも結局、映画鑑賞のひとつでもあり、映画鑑賞の「前振り」っていうことになるのではないかと。

2012年4月8日日曜日

ザ・コストカッター(角川書店)

著者:黒木亮 出版社:角川書店 発行年:2012年 本体価格:819円
 元三和銀行の行員で国際金融小説では定評のある黒木亮さんの作品。カラ売りを本業としつつ、ボランティアでハーレムの子供たちに算数を教えながら、「極東スポーツ」の不審な決算報告から実態を探り出していく。カラウ売りは先物売買のひとつで株価がこれから下がると見込まれる場合、あらかじめ高値で売却契約を結び、現物は借入れておく。実際に期限になったときには下がっている株価で現物を買い入れ、売却価格で売り抜ける。もちろん相場を読み違えて株価が上昇した場合には巨額の損失を被るもの。企業再生請負人とよばれる「蛭田」の手法は極端なまでのコストカットとファイナンス市場向けのアナウンスで株価を釣り上げ、いずれは企業を売却していくというもの。カラ売りを手がける北川はその手法に真っ向から挑んでいく。
 あまりこれまでコストカットで企業が再生した例は聞かない。バブルの直後や、金融や電力など規制産業で不必要な固定資産を抱え込んでいるような企業は別だが、そうでない企業にとってはコストカットは必要な販売組織や経理組織を切り詰めていく効果をもつ。必要経費まで削ると売上高までそのあと急落していくので、コストカットはあくまで最初の手段で、本当の企業再生のためには斬新な製品開発や販売戦略しかありえない。不景気が続く日本ではあるが、「必要なコストまで切り詰めてしまうコストカット」はいずれ企業の本業の売上まで切り詰めてしまうということ、もう少し各経営者に再認識してもらいたいものだが…。

2012年4月7日土曜日

マリー・アントワネット 運命の24時間(朝日新聞出版)

著者:中野京子 出版社:朝日新聞出版 発行年:2012年 本体価格:1600円
 ルイ16世のパリからの逃亡。この事件が立憲君主制をめざす穏健派をしりぞけ、ジャコバン派による恐怖政治を招く転換点となる。大事件なのだがルイ16世の逃亡中のメモ書きはきわめて牧歌的。切れ者のフェルゼンを途中で解任し、逃亡の主導権を握ったルイ16世だが、追っ手はラファイエット。単なる人気ものではなくアメリカ独立戦争でそれなりの功績をあげた武将はやはり只者ではなかった。この逃亡の24時間を時間軸をおって検証したのがこの本で、左から右(ヴァレンヌ)まで伸びたルートの地図を参照しながら内容を追っていくことができる。断頭台に消えたアントワネットの数奇な人生を彷彿とさせる逃亡中のエピソードの数々。失敗の要因はかなりあったとはいえ、それでも5時間にわたる「遅刻」のかなりの部分はルイ16世の油断と状況分析の甘さにあった。そもそも逃亡さえしなければ恐怖政治もなくナポレオンの台頭もないまま立憲君主制に移行していた可能性も少なくない。フランスにとってフランス革命は非常に「微妙な出来事」のようだが、輝かしい人権宣言のあとに到来したギロチンによる粛清はやはり暗い時代の出来事だったのだろう。ロココの美術は繊細でか細いといった印象でナポレオンの時代には新古典派の時代となる。ひっそりとした芸術の存在はまさしく馬車のなかでゆらゆらゆれて再びパリに連れ戻されたアントワネットそのもののようだ。

2012年4月5日木曜日

カリスマ編集者の「読む技術」(洋泉社)

著者:川辺秀美 出版社:洋泉社 発行年:2009年 本体価格:740円
 「他人」の「読む技術」というのは、非常に興味深い。まして「カリスマ編集者」の「読む技術」。非常に興味深く拝読した。「読書」を非常に重要なアイテムであるかのように紹介する本が多いのだが、実際のところパソコンであっても「文章」は読む。媒体がディスプレイか書籍なのかの違いであって、私個人は読書は好きだが必ずしも「書籍」に限定される必要性は今後もないと考えている。電子書籍もいくつか拝読したが、哲学や経済学系統の書籍は電子には不向きだが歴史関係はハイパーリンクがきくものだと紙の書籍よりも関連知識が入手しやすいというメリットがある。一定の技術はあろうけれど、これまで読んだ読書術で共通しているのは以下の2つ。
・読む本のジャンルを限定しない。
・読みっぱなしにしないで必ずなんらかのフィードバックをおこなう。
 ジャンルを限定することで本当に面白い本とめぐりあえるチャンスは減る。さらにブログでも読書録でもなんらかの記録にとどめておくことで、読んだ内容を咀嚼することができる。で、この「カリスマ編集者」もやはり「書くこと」を推奨している(51ページ)。ただ読む本の対象を4つのジャンル(感動・生命・娯楽・経済)に分けて読むというのは若干気になった(67ページ)。法律の本などは「感動」なのか「娯楽」なのか…。本来の趣旨は「自分が好きなジャンルばかり読んでいると思考が固まって」しまうという著述があり、こちらが本音だろう。良くない本の例としてコピーやレイアウトや版型が奇抜なものは避けるようにというアドバイスには納得。内容に自信があれば必然的にスッキリしたかたちにあるはずだからだ。まあ要はこういう本を読んでも自分自身の読書に対するスタンスはあまり変わらないのだが、それでも変わるとすれば、先の2つのテーゼをより「強化」する読み方だろうか。

2012年4月3日火曜日

続岳物語(集英社)

著者:椎名誠 出版社:集英社 発行年:1989年 本体価格:467円
 著者の椎名誠さんは独特の編集スタンスをもつ「週刊金曜日」の編集委員をされている。参加しているメンバーをみると「ちょっと系統が違うのでは」という違和感みたいなものも感じるが、「立場を超えて本名で勝負」みたいな心意気はわからなくもない。この本のなかである雑誌に根拠がないゴシップをかかれた経緯が著述されている。名前を名乗らない匿名ライターに椎名は不快感を隠そうとしないが、「心意気」の有無が問題であって政治的スタンスなど本人にはどうでもよいのだろう。
 全編を通してひたすら刺身、カレー、ラーメンの話がてんこもりだが、この本読んでいると「カレー食べたいな」「ラーメン食べたいな」と食欲がそそられてくる。教育的内容の本みたいな位置づけもされているが、私個人にとっては「B級グルメを自らこさえて自ら食べたくなる本」。出来合いのラーメンではなくして、生姜をどさっといれたインスタントラーメンをわさわさ食べたくなるような描写が多く、海のそばでコッヘルで食べるそうしたラーメンはさぞかしおいしかろう。ラストは岳が中学校へ入学するところでおわる。うん。節目って確かにあるんだ。