2011年3月21日月曜日

まぐれ(ダイヤモンド社)

著者:ナシーム・ニコラス・タレブ 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年 本体価格:2000円 評価:☆☆☆☆
元トレーダーにして現在は数学・統計学を利用した「哲学者」でもあるタレブの著作。読んだのは第2版だが、最初の部分は非常にわかりにくい構成になっている。後半から読みやすくなるが、おそらく最初の「ポストモダン」な構成でつまづく読者もいるのでは。後半までくるとかなり読みやすく日常生活にも応用できる著述が増加していくのだが。トレーダーの「成功」について非常に懐疑的な見方をしているのだが、それはトレーダーの意思決定に再現性が少ないという理由による。日常業務や反復作業だと「実力」はある程度計測できるが、非日常的で再現性が少ない業務だと、1回の成功で大きな利益を出すことも可能。統計学的に大数の法則によりだれがトレーディングをやっても市場のあるべき結果にそれぞれのトレーダーの成績は落ち着いていくだろう…という見方だが、これって正しい。一部の天才を除いて、運やまぐれで大きな利益を出しても大数の法則もしくは平均への回帰で、予想外の事態も含めて成績は平均化していく。バブルのときでも一部のごく稀なトレーダーを除いて、ほぼ全員が「死滅」したのはそういうわけだし、この東北関東大地震でも円高が進行している現在、外貨建定期預金などはほぼ絶望的な結果となる。ただ数年前までは貿易収支がかなり悪いので円安になる…という見方が強かっただけなのだが、仕組み債の多くは大損になっているだろう…。そうした「まぐれ」の事象をあれこれ構成をかえて著者は解説してくれているのだが、最後の締めくくりはいかなる「突然の事象」であってもそれに立ち向かう人間の立ち居振る舞いだけは個々の倫理感による…という一文だ。「まぐれ」に左右される世の中であっても「だからどうでもいいや」と考えるか、あるいは「そうであっても自分は自分の正義を貫く」と考えるかは個人の自由。タレブが自分自身を哲学者としているのは、倫理的な側面を強調するツールとして統計学を使っているからかもしれない。

「市場調査」集中講義(アスペクト)

著者:牧野真 出版社:アスペクト 発行年:2008年 本体価格:1,500円
46判で、ページ数216ページ。活字も昨今の書籍の傾向を反映して大きめで、やや価格設定が割高にも感じられるが、内容的にはかなりいい。実際に市場調査をするケースは各種メーカーを中心に多いと思うが、製造業以外でも新商品の開発や簡単な企画書を書くときにレファランスとして利用することもできる。入門書のための入門書という感じで、市場調査のエッセンスをまず簡単に把握するための本と考えると利便性が高い。いわゆるアンケート法を中心に構成されているがネット調査はもちろん電話法など過去のアンケート調査方法では限界があることも指摘されており、市場調査のデータ収集を閲覧するのにも便利。各種公的調査も紹介されている。もしかするとこの本のエッセンスをさらにパソコンでまとめて簡単なノートにしておくともっと利便性が増すかもしれない。
ある程度持ち歩きやすくてさらに閲覧もしやすいというコンセプトだとこういうハードウェアで出版するのしかなかったのかも。ただその趣旨でいうと、文庫本化されてA6サイズになればもっと読みやすくなるうえに新たな読者も確保できる気がする。実際に実務で活用するためにはさらに専門書を読み進める必要があるがレファランスが充実していると読者にはもっと便利だったが…。

2011年3月20日日曜日

巨大投資銀行(バルジブラケット)上巻・下巻(角川書店)

著者:黒木亮 出版社:角川書店 発行年:上巻2010年 下巻:2010年本体価格:上巻781円 下巻781円 評価:☆☆☆☆☆
1985年3月から物語の幕が上がる。東都銀行を退職する(おそらく京都大学卒業の)主人公桂木が退職する場面だ。かつての金融機関は今でもその名残を残しているが、官僚以上に官僚的で閉鎖的な世界を構築し、入社年度と学歴による細かなセグメントが社内にあった。モデルはおそらく当時の三○銀行ではないかと思われる。その後ウォール街にわたる桂木は数々のM&A案件を処理していくが80年代ではM&Aというのは今ほど脚光をあびるものではなかった。もう一人、日本平均株価のバブル崩壊を見越した竜神。カラ売りを先行させ、現物市場が理論値を下回った段階で仕入れて売る。いわゆる裁定取引で莫大な利益を稼ぐ。この手法から新株予約権付社債や転換社債に目をつけそのオプションを購入するとともに先物で売り立てていく。バブル崩壊とともにワラントがタダ同然になったという話は有名だが、この竜崎の場合にはただ同然で株券を仕入れて、空売り分に廻すのでその間の利ざやはさらに拡大。そしてもう一人の主人公藤崎はバブル崩壊後、損失先送りのための金融商品を販売して売上を拡大。当時の実名での企業名が並べられているがいずれも不正会計で逮捕者を出したり経営が破綻して今はない会社ばかりだ。SPEなどを活用した現在の手法と比較するときわめて原始的な手法で損失先送りをするのだがかなりのレバレッジが効いているため、株価が下がれば損失はさらに拡大していくという仕組みになっている。で、この話は2002年まで日本と世界の金融の歴史をたどり、最後は関西の地銀を中心としてできあがった日本第5位のファイナンス・グループの代表となる。こうした一種の成功ストーリーというよりも、1985年から2002年にいたるまでの17年で日本と世界の金融のありかたや雰囲気がいかに変化していったのかそのプロセスを理解するにもいい教材だ。また当時の大蔵省の金融行政についてもちらっとその場面が描写されているが、当時は株式市場を買い支えるのに4大証券に電話で指示を出すといったようなこと、多々あったということがよくわかる。今ではさすがに市場の流れを企業4社でどうこうできる状態ではないが…。オプションやTOBなど金融用語については巻末に用語解説が、そして上巻の頭には世界地図も付録としてつけてある。読み始めたらおそらく5~6時間はこの金融のリアルに見える世界に取り込まれて本を手放すことができなくなるのは必定。

2011年3月13日日曜日

たまたま(ダイヤモンド社)

著者:レナード・ムロディナウ 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2009年 本体価格:2000円 評価:☆☆☆☆
さして高い本でもなく、読みにくい文体でもなく…とずっと積んでおくだけだったのだがつい最近手に取り始めて一気に読み終わってしまった本。内容は統計学の本というべきか。「偶然」を読み解いていこうというこの本は「何も法則がないところに法則を読み解いてしまうリスク」を指摘する。ランダムというのが実は直感に反しているケースが案外多いこと(たとえば厳しくしかると飛行士の成績が一時的に良くなることや映画の大ヒットは続かないことなど)などを実例をあげて示し、「平均回帰」という概念で理論的に説明していく。またそれっぽい話にだまされやすい人間の「カン」や可用性バイアス、DNA判定の精度。そして統計学の歴史を切り開いたカルダーノ(標本空間という概念)、モンティホール問題、ガリレオのギャンブル論、パスカルの三角形、期待値、モンテカルロ法、ベルヌーイ、トーマス・ベイズの条件付確率、ラプラス、標本と誤差、ワインの格付け、標本標準偏差、近代統計学の父ケトレー、ポアンカレ、カイ2乗検定と一般的な統計学の入門が続き、最後に「ランダム」「偶然」をコントロールできる錯覚について取り扱う。289ページにはバタフライエフェクトも登場してくるが統計学の進歩は進歩としてわかりやすく説明したあと、今度はその統計学の落とし穴を指摘するという構造に。ビル・ゲイツやブルース・ウィリスの人生なども分析されていたりするが統計学の実力をある程度正確に理解し、そしてその限界を知ることができるという点で画期的な本であろうと思う。統計学を知らなくてもこの本を入門書代わりに勉強することも可能だろう。

40歳からの知的生産術(筑摩書房)

著者:谷岡一郎 出版社:筑摩書房 発行年:2011年 本体価格:740円
大阪商業大学の学長にして賭博の天才でもある谷岡一郎氏の著作。最初のページから40ページまではやや退屈で、このあたりは著者特有の一種の情報処理技術みたいなお話。87ページあたりの「間違ってもいいから決断はすべし」というあたりから面白くなってくる。108ページあたりからは書籍の選び方や読み方、読んだ本の記録(フォローアップの重要性は他の著者も指摘する)、ファイリング方法、そして著者独自の2冊ノート方式だが1冊はアイデア用でもう1冊はテーマ用。一つのテーマについて断片的に書きちらしていくという方式だが、実はこれ、無意識のうちに自分もやっている。アイデアはロディアのメモなどに書き溜めておくが、他の1テーマに絞れるものは別のノートにまとめるようにしてある。また参考資料などをクリアファイルなどにまとめるレファレンスファイルという方式も非常に実践的。1冊の本を作るとすれば、良識ある編集者であれば100冊ぐらいは関係ある本を読むはず。そのコピーなどを1つのファイルにまとめておくのは持ち運びもできるので非常に便利だ。空間軸と時間軸のなるべく広い部分で普遍的に通じる文章を…という著者の倫理も説得力がある。特定の日本のみで通じる話なのかヨーロッパやアメリカでも、さらには10年前でも10年後でも通じる話なのかどうかは重要な問題だ。まずはアイデアノート、それからテーマノートというように徐々にノートを持ち歩く冊数を増やしていく…というのはけっこういいノウハウではないかと思う。

マグロ船仕事術(ダイヤモンド社)

著者:斉藤正明 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2011年 本体価格:1,400円
著者は大学卒業後、「上司ににらまれて」マグロ船に乗せられた経験を持つ。水産学部卒業でマグロの保存用の薬液開発のためだったようだ。それが時間をへてこうして独特の仕事術の本に結実するわけだから、人生は本当にわからない。さて、内容は船底一枚で海と接し、何日も何日も密接な空間で男ばかりが接しているマグロ船が舞台。チームワークやリーダーシップがそこでいかにして発揮されたかという一種のルポ的要素を含んだビジネス本。怒鳴りつける船長のしたでは船の雰囲気が悪くなるとか、「あげーせえこげーせえ」と指示を出すと、人は働かなくなるとか、実践的な教訓がたくさん。立場を逆にしてみるとわかるのだが、自信をなくしたら人はポジティブには動かない。で、一定程度過剰にならない程度に自信をつけさせてあげないとマグロとの勝負には勝てないというわけだ。仕事ができすぎる人は尊敬されないというのもそうだよな、と思う。特に頭がむちゃくちゃいい人は「こんなこともわからないのか」という態度になりがちなのだが、それじゃあやはりモチベーションがわかない。結局のところ相手の人生を尊重し、自分の人生も尊重するということになるのだが、それが「出来ない人」っていうのも一定比率で存在するから株式会社という組織の運営は難しい。理解を相互にするってのは非常に難しい。だからこそ難しいというのは大前提で「理解しよう」とする努力を見せることが大事なのかな、とふと思う。

2011年3月9日水曜日

改革の経済学(ダイヤモンド社)

著者:若田部昌澄 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2005年 本体価格:2200円 評価:☆☆☆☆☆
名著であることがわかっているのに、また非常に面白い内容であることもうすうす察しているのにもかかわらず、なかなか読み始めない本がある。この本も本棚に5年以上も眠っていてつい最近最初の数ページを読み始めたら一気に読み終えてしまった。歴史を通して今を分析するというスタイルの著者は、昭和恐慌ごろのマスコミや経済学者の行動を分析。デフレ不況の2005年前後の論壇と比較する。また金本位制への旧平価復帰を断行した井上準之助の金融政策を批判し、デフレ脱却に向けては金融政策と財政政策の協調が重要であることを指摘。いまだにデフレから脱却できていない日本は2005年以降も金融と財政がちぐはぐなまま、さらにはインフレターゲットも実行しないまま6年が経過したことがわかる。ドーマーの政府債務が増加しても名目経済成長率がそれを上回っていれば大丈夫という議論をもとに財政破綻の可能性を探る議論なども面白い。将来の課税徴収権も財政破綻をふせぐ「資産」であるという指摘も悪質な国家財政破綻論を論破するのには必要な視点だろう。内容は濃いのだが不必要な数式などはまったくでこず、さらにはマクロ経済学の基礎的な手法で複雑な経済状況を読み解いてくれる内容構成はすごい。雑誌に連載された記事をもとにして作成された書籍だが、編集者の力量もかなりのものではないかと思う。