2010年12月29日水曜日

がん 生と死の謎に挑む。(文藝春秋)

著者:立花隆 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:2400円
評価:☆☆☆☆☆
2010年もおしせまってきた中、「がん」をめぐるこうした優れた本を読むことができたのは幸せだ。NHKで放映された番組を収録したDVDも添付されており、前書きで著者も書いているがまずDVDを見てから本を読むとさらに理解が深まる。「がん」についてはまだ未知の部分がどれだけ多いか。また、「がん」が理論的にはいかにして発生するか。そしてそれはまた人類の進化の歴史と密接不可分であることなどが明らかにされていく。最終的には「生と死」をめぐる問題になっていくが、著者が「人間には死ぬ力がある」と語りだす場面は感動的だ。生きる力があれば死ぬ力もある。人類の多くがこの病気に倒れていくが、これまでの根性で立ち向かうという闘病の哲学とはまた違う別の死に方あるいは病気との向き合い方を呈示した本。

野村の授業(日本文芸社)

著者:橋上秀樹 出版社:日本文芸社 発行年:2010年 本体価格:743円
ヤクルト時代の橋上秀樹といえば土橋選手と並んで、手堅いバッティングとどこでも守れる守備を誇るユーティリティ・プレイヤーという印象が強かった。代打で起用されることもあれば外野の守備固めで起用されることもあったが、ヤクルトファンからすると手堅くいきたい場面ではムラのある選手よりも橋上選手がでてきたほうが安心…といった印象である。この本を読むと橋上氏が現役時代から相手投手の癖を見抜き、種々の野球戦術を勉強していたことがわかる。才能だけに頼らず、勉強に裏打ちされたユーティリティだったわけだ。身体能力は年齢とともに衰えるのはやむをえないが、知識は年齢をへると「つながり」をもって結晶化していく。結晶化された知識をさらに若い世代に伝えるという意味では、橋上氏がヘッドコーチには最適だったのだろう。データ重視の野球ではあっても「データの落とし穴にははまらない」という二段構えの戦術にのぞんでいるのがまた強い。精神力の強さと現場の変化におうじた柔軟性も必要となる。フィールドの選手にはなかなかそこまで判断する時間もないから、それを手助けしていたのが野村監督と橋上ヘッドコーチということだろう。「身だしなみや挨拶でソンすることはない」という合理的な考え方がやみくもに押し付けるよりも、若い選手にはついていきやすいリーダーシップといえるだろう。実学的に非常にやくだつ本。下手なビジネス本よりもずっと各種の「現場」で使える内容ではないだろうか。

バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる(光文社)


著者:高橋洋一 出版社:光文社 発行年:2010年 本体価格:777円
国の貸借対照表を作成したとき、負債が多くて資産が少なくなる。ではその貸借差額が借方に生ずるがその差額とは何か…と著者は「課税権」とする。民間企業では無形固定資産に相当する部分だが、貸借対照表は著者がいうように国の一定時点のストックを表す表であると同時に将来のキャッシュフローを読み解く表でもある。負債が多くて資産が少ないが貸借バランスがとれるとなれば、負債の穴埋めをする課税権という無形固定資産があるということになる。著者は財政投融資に関係する部署にいたということで、財政投融資のALMを手がけていたという。年金や郵便貯金で集めたオカネを特殊法人に貸し付けていくという構図のなかで、いくら預かって、どれだけ運用すれば安全圏内か…と読み解くには確かにALMの考え方が一番リスク管理には適していただろう。この本ではこのほかに特別会計の問題、金融政策、プライマリーバランスとマクロ経済学の主なトピックスが扱われており、標準的なテキストと並行して読み進めると考え方の幅が広がると思う。固定相場制・金融政策・資本移動の同時成立はありえない…というやや面倒な考え方もわかりやすく説明されている。ただ理論から導き出される命題についてはこの本以外の論拠もあるので、安易に著者に同意するべきではない。いかにも確かに…とは思いたくなるが、それ以外の考え方はないか、それ以外の論拠はないか。なぜそれでは政策当局は金融緩和をさらに推進しないのか…と疑問を持つことが大事。日銀総裁も副総裁もいわば経済学のプロ。天下りなどの利権などよりも優先すべき課題については重々自覚されているはずで、それにも理由がある。理論どおりにならない現実を考えていくには面白い一冊ではないかと思う。

2010年12月28日火曜日

物語の命題(アスキー)

著者:大塚英志 出版社:アスキー・メディアワークス 発行年:2010年 本体価格:762円
ジェームズ・キャンベルの「神話の法則」などを読んでからこの本を読むとまた面白さが際立つ。キャンベルにも言及されているが、著者は「命題」(構造とかテーマでも代替可能か)を6つ取り出して、それにキャラクターやストーリーを肉付けして「作品」を作り出すスキルを教えてくれる。「命題」や「テーマ」がなにか高尚なもののように考えられている時代であれば「とんでもない」ということになるが、いまやポストモダンの時代であるがゆえさして抵抗もなく読み進める読者が多いのではなかろうか。で、この命題をもとにして学生が作り出した絵コンテがまた実際に面白いのだ。同じ物語を変奏している…という「命題」自体、これまでも批評の世界では「変奏」されつつあったのだが、「命題」としての役割をマンガの世界で果たしてきたのは、日本では手塚治虫。映画の世界全般では1930年代のハリウッド映画ということになるだろうか。
で、自分なりにあれこれ「変奏」された作品を思い出すと、「エーリクの命題」(物語の外部の世界から内部の世界に入り込んでくる主人公)でいうと、ゲームから映画にもなった「ひぐらしの鳴くころに」かな。都会からとある閉鎖的な田舎町にやってきた転校生が内部の秩序をあれこれ刺激するという意味では「エーリクの法則」にぴったりだろう。自分の出生を求めて旅立つという「百鬼丸の命題」だと「マトリックス」が該当するだろうし、「みつばちハッチ」もその系列。男女の進行する時間のスピードが違う場合の悲劇といえばハリウッド映画「ジャケット」、大林宣彦監督の「さびしんぼう」「転校生」。性の自己決定を扱った「フロルの命題」ならばマンガ「オルフェウスの神話」。成長と離別を扱った「アリエッティの命題」ならばマンガ「犬神」。応用が聞くうえに、「それで構図が同じであってもいい作品とそうでない作品」になぜ分類できるのだろう…とさらにあれこれ考える力ができる。構造を見抜いてから、さらにその先へと考え方が進化していくこと。これってまさしく「進歩主義的科学」にふさわしいのではなかろうか。あ、これも「唯物史観」という命題を変奏しているわけだけど。

2010年12月27日月曜日

チェーザレ(第1巻~第5巻)(講談社)

著者:惣領冬美 出版社:講談社 発行年:2006年~2008年 本体価格:743円
ルネサンス期、さらにはメディチ家がおそらくこの直後にいったん破滅し、さらにはドメニコ会の教条的な支配がフィレンツェを襲うであろう時期。サピエンツァ大学に入学したアンジェロを主人公に、チェーザレ・ボルジアを描写。フランス王家、スペイン王家、フィレンツェのそれぞれの思惑が大学内でも交錯する。マンガのコマの背景にまで時代考証にこだわり、巻末にはマンガらしからぬ注釈の山。注釈がなくてもマンガは十分面白いが、「時計のルネサンス」など小道具にいたるまで著者が考慮しながら作画していることがわかり興味深い。ま、イケメンぞろいなのはマンガだけに仕方がない部分はあるが、チェーザレ・ボルジアのさらなる第6巻の進展が楽しみだ。第5巻まではチェーザレの「なぜ司教をめざすのか」の「背後関係」が緻密に描写されている。

鉄の骨(講談社)

著者:池井戸潤 出版社:講談社 発行年:2009年 本体価格:1800円 評価:☆☆☆☆☆
「談合」というともちろん犯罪ではある。が高度経済成長期にはどこの建設会社もおそらく公共事業の入札時には手をそめていたはずのものだ。談合が犯罪なのは、弱小建設会社の新規参入を妨げるほか、市場原理にゆだねればおそらく相当安値で発注できたはずの建設工事が割高となり納税者の負担となる…といったところか。新入社員の「平太」はある理由から談合の情報を収集して入札する「業務課」に配属される。区役所の小さな工事の入札に新規の事業者が考えられない安値で落札。同業他社も参入して大規模工事の次の入札の準備を始めるが…。といったあらすじで20代の恋愛模様などもからめて一気に読ませる展開。「談合」は「必要悪」という論理にも一定の理解を示しつつも、最終的には犯罪に手を染めるか染めないかといった二者択一に追い込まれていく。「談合」の「雰囲気」を理解するにはかなりいい教材だろう。一方で「談合」摘発の捜査を進める東京地検特捜部の地道な捜査ぶりも描写されており、リアリティが増す。

2010年12月26日日曜日

考える力をつくるノート(講談社)

著者:茂木健一郎、細谷功、内田和成、藤巻幸夫、小山龍介、香山リカほか 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:1600円 評価:☆☆☆☆☆
ビジネス書ブームといわれているが、正直、同じような内容でしかもタイトルが長い書籍のオンパレードに食傷気味になってきた。方法論としていくつも自分の頭のなかに入れておくのは有用ではあるが、メモやノートの取り方だけでも今は100種類以上の本は出ているだろうし、勉強法の本も100は超えている。おそらく実際にメモとるときには手近のメモに忘れずに記録しておき、勉強も最終的には自分のノートに手書きでしっかりかく…ということに尽きるのだと思う。で、この本は慶應義塾大学の丸の内シティキャンパスでの講演会をまとめた本。一線の学者・医者・著者の考え方が凝縮されており、けっこう便利。この本の内容だけでビジネス書の大半はカバーできるのではないかと思う。一般人にとっても考えることはもちろん大事だが、ハウツーばかりがいやに多いのに嫌気がさしてきているヒトには特にオススメではないかと思う。

ルネサンスとは何であったのか(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2008年 本体価格:552円
年末もおしせまってくると部屋の掃除と年賀状と書類の片付けにおわれあまり外出することすらない。そんななかで年賀状書きや書類の整理の合間にできるのが読書。ということで毎年12月には本を割りと多めに読む。今年は「ローマ人の物語」をとりあえず読み終わったので、それでは「ローマ帝国の精神」「ギリシアの精神」を復興させようとしたルネサンスについて塩野七生が書いた本を読むことに。これがまた面白い。ローマが難であるか、そしてそれがいかにしてキリスト教化して崩壊して中世をむかえたのか、がイメージとして頭に入っていると、フィレンツェ、ローマ、ベネチアなどで復興したルネサンスという動きもまたすごくわかりやすい。フリードリッヒ2世と聖フランシスコが最初にとりあげられているがこれもまた理由を読めば「なるほど」と思う。巻末にはルネサンスで活躍した人名録と三浦雅士と著者による対談集が収録されている。

2010年12月25日土曜日

さよならもいわずに(エンターブレイン)

著者:上野顕太郎 出版社:エンターブレイン 発行年:2010年 本体価格:780円 評価:☆☆☆☆☆
ドラマでは劇的な死を遂げることが多い「人間」。実際には普通の日常のなかで突然ぽっかりとその「ヒト」がいた空間が抜け落ちていく。もう「その人」がいない…ということに納得できるまで、どれだけの月日を要するだろうか。おそらく接する時間が多かったヒトであればあるほど、納得がいくには時間がかかるに違いない。この本で著者は最愛の妻を突然のある出来事でなくす。表紙には「涙」と思しき凸版印刷がほどこされ、マンガの演出もこれまでにない技法を駆使。それだけに著者と著者の周囲の人間の悲しみが凝縮している。空虚な心と言葉でいえば簡単な表現だが、実際に「空虚な心」とはどんなものか。それを二次元の世界で再現してみせた力作。ストーリーはほとんど、ない。ただ「空虚」をひたすら掘り下げていった著者の悲しみの一念で完成した作品だ。おそらく歴史に残る作品になるだろう。

日中韓歴史大論争(文藝春秋)

著者:櫻井よしこ 古田博司ほか 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:750円
日本人のジャーナリストや学者、中国や韓国の学者などが一つの場で歴史問題や外交問題を論じる。論点はあるのだが、論点をささえる論理は3カ国ともすれ違いというのが率直な印象。外交問題も政治問題だとすると「正しいか正しくないか」ではなく最終的には「国力」みたいなもので決まる命題なのかもしれない。国境紛争にしても、けっきょくは武力行使にどちらが最初に踏み切るか…といった究極の選択肢にまで入るのかもしれない。21世紀の場合には18世紀とは違って軍事力ではなく経済力のほうが武器になるのだとしたら、この3カ国のなかでは中国が圧倒的なプレゼンスを誇る。韓国領海内で中国漁船が韓国海軍との衝突事件をまた起こしたが、3カ国とはいっても北朝鮮とそれを支える中国、別の意味で敵対する日本にはさまれた韓国のプレゼンスはあまり強くはならないだろうという印象。朝日新聞などとはまた違った角度で歴史を検証しようとする立場には好意がもてるが、はたしてこの「すれ違い」の論争でどこまで新しい歴史観を開けるのかは疑問。

2010年12月24日金曜日

お見合い1勝99敗(PHP研究所)

著者:吉良友佑 出版社:PHP研究所 発行年:2010年 本体価格:660円
お見合いは癖になると聞いていたが、トータルするとちょうど100回。ここまでお見合いにこだわれば確かにこのような本になる。実際には自分自身はお見合いはついに1回もしないままなのだが、それはそれで一つのいき方で、この本の著者のように恋愛ではなく「お見合い」に絞って「婚活」するっていうのもありだとは思う。通常日本の社会では親族もお見合いにはからんでくるほか釣書なども厳密に作成する必要があるわけで、あまり回数はこなせないのが普通ではあろうとは思うが。で、内容はわりと常識的で相手の趣味を尊重しろとか「デートのときはお茶ぐらいご馳走しろ」とかまあ普通の常識的な内容。逆に言うと「お見合い」には「突拍子もないことは避ける」というのが大前提となることがわかる。結局、恋愛であれば「個人」と「個人」ですむ話が「お見合い」であれば「親族」と「親族」という集団の話になるわけで、非常識な行動は「○○家」の恥…という日本社会特有の(あるいはヨーロッパとかでも?)話になってしまう。いろいろ教訓めいた話が並ぶのだが、そのなかでも「いいヒトだったから今回はだめでもこの次に…」という話のもっていきかた。別に結婚に限定せず、仕事でも趣味でも人間関係を広げていくのには不可欠な要素ではないかと思う。けっきょく新しい知人を紹介してもらえるかどうかは、まず最初のヒトに「どう思われるか」がポイントなんだな、と思う。

2010年12月23日木曜日

キリストの勝利(下)(第40巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2010年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
「暗黒の中世」とかよくいわれる。実際には庶民の生活レベルではけっこう豊穣な文化もあったようではあるが、足元にころがっているローマ時代の遺跡などはゴミ同然でキリスト教教会のいうことがすべて…というような時代がずっと長く続いていたのは一定程度正しいだろう。そしてその中世への幕開けはローマ時代のキリスト教の許可、さらには国教化に始まる。ギリシアのアリストテレス哲学とキリスト教の渾然一体化した「考え方」がヨーロッパ全体を統一化してしまい、それ以外の考え方は「異端」「異教」としてしりぞけられる。カノッサの屈辱も政治が宗教に敗北した時代の一つのエピソードだが著者はこの40巻ではその端緒を作り上げた司教アンブロシウスにほとんどをさいている。皇帝よりも教会の基礎を作り上げたこのアンブロシウスこそ影の皇帝だった…という著者の考え方がすけてみえる。多神教の土壌がある地域には「聖人」制度を設け、最終的には自分自身もその聖人になってしまうというこの司教。またユダヤ教の「割礼」ではなく「洗礼」制度を導入したキリスト教がひろまる「仕組み」。けっしてキリスト教について偏見をもっているわけでもなく、むしろその博愛精神には学ぶべきところもあると個人的には考えているが、もともと自然の多種多様なものに神秘を見出していた文化を一つの方向性にまとめあげてしまった功罪は今後も議論の種にはなるだろうと思う。実質的にローマは終焉しており、あとは中世のフィレンツェ、ローマ、ヴェネチアでのルネサンスを待たなければならないが、このシリーズ、おそらく2011年9月に発刊される「ローマ帝国の終焉」まで文庫版については完成を待たなければならない。ローマ好きを増加させること間違い無しのこのシリーズ、文庫版の完成でさらに読者が増えていくことだろう。

2010年12月22日水曜日

キリストの勝利(中)(第39巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2010年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
いまさら文庫本にはまるという年齢ではないものの、簡単に持って歩けて場所を選ばないとなるとやはり文庫本。単行本と比較してもページのとじ方は、無線とじが主流。ホットメルトでとめているだけなので頑強さには欠けるが、持ち運びの手軽さは新書サイズ以上。キリスト教が隆盛をきわめるなか、「背教者」ともよばれるユリアヌスが皇帝の座へ。キリスト教からみると悪の権化のようなイメージもあるかもしれないが、多神教ローマの伝統を取り戻そうとした点は愛国者といえるのかもしれない。その後の宗教論争や十字軍による侵略行為などもユリアヌスがもう少し受け入れられていれば、歴史は変わったのかもしれないが。アリウス派と三位一体説(カソリック)の対立も激化している時代の雰囲気が伝わってくると同時に、ユリウス・カエサルの時代を理想としている著者の苦渋の顔が眼に浮かぶ。

2010年12月21日火曜日

キリストの勝利(上)(第38巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2010年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
そしてコンスタンティヌス帝の死亡後の内乱をむかえる。最終的には息子のコンスタンティウスが単独の帝位の座につくのだが、当初の意思決定が思わぬ結果をむかえ、あまり先のことまで考えずにライバルを蹴落としていった…という感じが強い。その後いわゆる「背教者」ユリアヌスの時代を迎えるが、こちらは逆に苦労人。ただしアンチキリスト政策が強くですぎて、こちらも謎の「戦死」となるはずだが、この巻ではまだ雌伏の時代からガリア地方の鎮圧を副帝としておこなうまでの時代が描写されている。哲学をメインに勉強していたユリアヌスが貴重な現場のたたき上げの副官から教授されて実際の戦闘に勝つくだりはなかなかカタルシスに満ち溢れている。だがこれは史実なので、人間書籍から現実にはいってもしかるべき補佐なりなんなりがあれば、まあ何とかなるっていうことでもある(?)…

2010年12月20日月曜日

最後の努力(下)(第37巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
コンスタンティンテヌスによる東方の新しい都ビザンティウムの建立。ローマの元老院も存続しているが、もはや権力も権威もなくしてしまう。また帝国の防衛線も事実上廃棄され、国内の治安状況も悪くなる。また銀本位制から金本位制へ通貨制度を切り替え、信用不安の対策を講じるがいまひとつ効果はでない。キリスト教の強化はいっそう強まるが、三位一体説とアリウス派の対立は深くなる。このキリスト教の浸透がさらにローマ帝国らしさを失わせ、硬直した官僚組織による帝国運営と教会支配を招くことになる…。

最後の努力(中)(第36巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
時代がもう少しずれていれば、ディオクレティアヌスもコンスタンティヌスももう少しローマ帝国の行く末を明るいものにできたのかもしれない。いっとき皇帝が6人になってしまう事態を迎えつつも、コンスタンティヌスが最終的には単独で皇帝となる。そして313年。どの世界史の教科書にも記載されているミラノ勅令によりキリスト教が公認される。着実にステップをふんで目指すべき世界をめざすというタイプのコンスタンティヌスは、キリスト教という一神教が政治に利用できることをどうも見抜いていたようだ。「ダヴィンチ・コード」などでもコンスタンティヌスについては、政治目的がほのかにただよっていたのだが、多神教のローマ帝国が一神教を認めた段階でローマ帝国の内部的崩壊も決定的になったと著者は分析している。ただしこのコンスタンティヌスは政敵リキニウスについても容赦ないしうちで処刑し、実の妹の夫であるにもかかわらずテッサrニケで隠居していたリキニウスを「クーデターをはかった」という理由で殺害。しばらくは妹との関係も良好であったと筆者はやや疑惑をもちながら書いているが…ローマの「寛容」の精神が失われたことを示すエピソードでもある。

最後の努力(上)(第35巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
集団の統制をする場合には、ダブル・イーグル状態(リーダーの複数人の存在)は避けなければならないとされる。カエサルやアウグストゥスであればこうした3世紀の状態でも一人でなんとかなったのかもしれないが、凡人であれば別のことを考える。「分割して統治せよ」。そしてそれを一定程度成功させたのが,ディオクレティアヌス帝だ。

下り坂のローマ帝国をたてなおそうとディオクレティアヌス帝が登場。ローマ帝国の歴史の中でも珍しい4頭政治を導入。国内の治安の回復と防衛問題に尽力。西方担当のマクシミアヌスの助力もえて、一定の成果を残す。ただしその結果、軍事費が増大し行政機構は肥大化していく。そして皇帝はこれまでの市民の代表的性格から中世の絶対王政に近い存在へと性質を徐々に変化。さらに通貨改革と経済統制にも乗り出す。ただし権力志向というわけでもなくディオクレティアヌス帝は50代前半で帝位をひき、引退生活に入る。

迷走する帝国(下)(第34巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2008年(文庫版) 本体価格:438円(文庫版)
世界史を教科書的にとらえるとだいたい「絶望感」が漂ってくる。偉大なるカエサルも最後には暗殺されたし、ナポレオンも島流し。アレキサンダー大王も最終的には「毒殺説」がいまだにある。ローマ帝国も結局崩壊してしまうのだが、「崩壊してしまう事例」ばっかりで、いまだなお成功100パーセントの事例というのは歴史にはなかなか残らない。どこかで「見切る」ってことも大事、というような刹那さが歴史にはあるのだが、未完成が人間の宿命と素直に考えることができるのも歴史の面白さか。ローマ帝国はアリエヌスの時代にガリア地方で分離独立したガリア帝国が誕生。さらにパルミラ地方に女性のリーダー、ゼノビアが誕生。その後ドナウ地方のイリリア出身の皇帝が数人続く。パルミア、とガリア地方の平定、ダキア地方の支配から撤退。皇帝アウレリアスという見事な人材を輩出するも落雷で死ぬ皇帝や謀殺される皇帝がやはり続く。支配する側と支配される側の奇妙な「距離の短縮化」がローマ帝国をさらに迷走へと導く…。

迷走する帝国(中)(第33巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2008年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
単行本シリーズそのものは完結しているわけだが、この文庫版はかなり意図的に一年のうち3巻程度の分売方式となっている。最終巻の「ローマ世界の終焉」についてはおそらく2011年の9月ごろの発売となるのだろう。先を知りたければ単行本で、そこまで待つならば文庫本でという差別価格戦略はなかなか見事。これは出版物にそれなりの人気がないとなかなかできる販売政策ではない。で、やはり面白い。ナニが面白いのか…と考えると紀元前700年ごろから紀元400年ごろまでの人間と21世紀の人間とで扱っている器具は違っても思考回路はそれほど変化もしておらず、行動原理も違っていない。それがゆえに今ならばカエサルであればどういう行動をとっただろう、というような類推が可能になるからではないかと思う。自分に関係ない過去の歴史などにはそれほど興味関心は抱かないが、実際に失脚や暗殺された政治家の行く末やその理由などについては、個人レベルでも組織レベルでも応用がきくからではないか。で、この巻では紀元235年から帝位についたマクシミヌス・トラクスから始まる。羊飼いから軍団に志願し、次々とエピソードを残して人気者となり一時軍団から引退するものの、「人気」あるがゆえに皇帝の座につく。ただし、品格に欠けるとして元老院からは次第ににらまれていくのだが…。やや現場にこだわりすぎて「本部」のご意向を無視した皇帝は元老院からにらまれ、最後には部下に殺害される。さてさらに帝国内の内部抗争をへてゴルディアヌス3世の時代。ササン朝ペルシアのシャプールとの戦いを迎え、最中にやはり部下の不信任によりフィリップス・アラブスの帝位。記録抹殺刑に処された後、デキウスの帝位となる。ドナウ川防衛線の構築を優先するが、ゴート族についに帝国内に侵攻を許す。そしてゲルマン民族との戦いの最中に戦死。一人おいてヴァレリアヌスの時代となる。そしてこのヴァレリアヌス帝がササン朝ペルシアとの戦いの最中にシャプールの捕虜とされてしまう。息子ガリエヌスはこのローマ帝国の危機に父親を見捨てて崩壊の危機にたつ…。

2010年12月19日日曜日

迷走する帝国(上)(第32巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2008年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
人間行動を左右するのはルールとインセンティブ、とミクロ経済学では考える。人間社会全体で考えると法律を改正することによって個人のモチベーションが左右され、それが社会全体の動きにつながっていくという流れになるだろう。もともと軍事政権が成立した段階で、あるいは皇帝ネロの死後の内乱などにローマ帝国崩壊の芽はあったが、カラカラ帝以後の3世紀は「3世紀の危機」ともよばれる真の崩壊への道をひた走る。皇帝の政策が法律として示されるローマ帝国でカラカラ帝は、アントニヌス勅令によってローマ市民権を属州民についてもすべて与えるとした勅令は社会のルールを変更。増税を狙った政策なのかもしれないが、実際には属州民のモチベーションとともに旧来のローマ市民の公共投資への意欲もそぐ結果となる。ローマ社会は階級社会ではあったが、属州出身の皇帝も存在し、階級の差異はあっても流動的なものだった。その結果異質な価値観を取り込みやすい社会だったのがすべてローマ市民ということになると同質化社会へと変化する。社会の活力がそがれる結果となり国家財政は悪化したのであった。カラカラ帝はその後ダキア、メソポタミアなどへ防衛戦争にでかけ、はてはパルティア王国の皇女に結婚を申し込み拒否されるという事態に陥る。その結果人心が離れ謀殺。その後皇帝マクリヌスが就任するがパルティア王国との弱腰外交が拒否され、やはり同じ軍団の兵士に謀殺。オリエント出身の皇帝ヘラガバルスが皇帝となる。オリエント風の太陽神信仰を持ち込み、殺害される。その後アレクサンデルが皇帝へ。シリア出身の母親ユリア・メサのもと、司法権の地方自治体への譲渡などの制度改革に乗り出すが、ササン朝ペルシアがパルティア王国にとって代わり、カッパドキアに侵攻される。なんとか対処したもののゲルマン民族との弱腰外交でやはり不信任され、マインツ付近で同じローマ軍によって殺害される。

終わりの始まり(下)(第31巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2007年(文庫版) 本体価格:362円
ハリウッドのSF映画などで近未来が描写されると、「マトリックス」や「スター・ウォーズ」などが顕著だが、選挙で選任されたと思しき執行委員が一種の意思決定機関となり、軍部を下部組織においている構図がでてくる。これってやはりギリシアのような直接民主主義制度ではなく、ローマの元老院制度と皇帝制度を組み合わせた共和主義的寡占独裁制度…という感じなのだろう。近未来ではなにせ時空を超えた広い領域について意思決定を下す必要性があるため、いちいち議決をとる直接民主主義では迅速な対応ができない。とはいえ民主主義の香りも残しておかないと近未来が妙に暗くなる。そこである程度合理的に機能したローマ帝国の制度を模して映画のなかに取り入れたのではなかったか。さてこの31巻では暗愚の帝王コモドゥスが暗殺された後、ビジョンなき皇帝候補が5人立候補し、軍団出身のペルティナクスがまず皇帝となる。ただし87日後に暗殺され、ティディウス・ユリアヌス、セヴェルス、アルビヌス、ニゲルが立候補を表明。軍部の司令官という性格をもつローマ皇帝なので、それぞれの軍団がそれぞれを支持。一応元老院が承認したユリアヌスが皇帝ということになるが、この4人の内乱状態となる。このなかで元老院の承認とローマ市民の支持がなければ皇帝についても短期政権になると見越していたセヴェルスが皇帝へ。軍人の給与アップで軍事力を高め、ローマ帝国の軍事政権化が進む。ただしそれは軍団の居心地を快適にし、他のシビリアンの力を弱めるという結果につながっていったが。無事治世をおえてセヴェルス政権はその死で幕を閉じ、次の皇帝継承者カラカラ帝に引き継がれていくことになる。ただし兄弟げんかのすえ次男ゲタが殺害されるという暗い始まりではあるが。古き良きローマがどんどん傾くその終わりの始まりだ。

2010年12月15日水曜日

終わりの始まり(中)(第30巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2007年 本体価格:400円
ゲルマン民族のドナウ防衛線突破。そしてマルクス・アウレリウスのもとで軍功をたてるマルクス・ヴァレリウス・マクシミアヌス。著者はこのマルクスを映画「グラディエーター」の主人公のモデルではないかと指摘する(実際にはモデルは執政官までのぼりつめる)。そしてその最中、シリア属州出身のカシウスが反マルクス・アウレリアスとして反乱を起こす(すぐに鎮圧)。非常に優れた軍人だったが、著者はその反乱の原因を暗愚の帝王コモドゥスにあったのではないかと推測。そしてコモドゥスはマルクスの死の直後にゲルマニアからの撤退が決まる。そして姉による弟の暗殺計画というマルクスが想定もしなかった事態へ…。「職業には貴賎はないが、生き方には貴賎がある」という著者のさりげない人生哲学が身にしみる。これまでの未来をめざすローマ帝国のエピソードから、この巻からさらに「衰退」と「滅亡」への暗い雰囲気がかもし出されていく…。

2010年12月13日月曜日

終わりの始まり(上)(第29巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2007年(文庫版) 本体価格:438円(本体価格)
高校時代に「世界史」(当時)を選択して受験しようとしていた知人らは、かなりの「世界史オタク」であったように思う。まだこの「ローマ人の物語」シリーズは世になかったころだが、実にいろいろな媒体で世界史の世界に浸りきり、受験勉強というよりも世界史そのものを娯楽にしているような感じすらした。受験の神様といわれる和田秀樹氏も著書のなかで「世界史はとてつもなくできる奴はできる」と断言している。通常はあまりのボリュームの多さに受験科目としては選択しないで一般常識程度に抑えておくのが受験戦略上有利で、理系などは地理や日本史を選択するべきなのだが、それでもあえて世界史を選択するやつらは、やはり世界史がとても好きで、好きだからこそ勉強にも打ち込めて成績も伸びるという好循環を描いていたような気がする。

そしてこの「終わりの始まり」は意外にも賢帝の誉れが高いマルクス・アウレリアスの時代から始まる。戦争はローマの国境線の紛争のみにとどまり、内乱もなく平和な帝国。ただし、その治世には、飢饉や洪水といった天災、パルティア王国によるメソポタミア北部への侵入、疫病、ダキア戦役以来の60年ぶりのゲルマン民族の侵入…とけっこうあわただしい時代となる。特に文庫版217ページに記載されているゲルマン民族の襲来の地図はこれまでこのシリーズを読んできた読者にとってもショックなほどのもの。270年ぶりにローマ帝国の防衛ラインが突破される…。哲学者でもあったアウレリアスだが、世の中は頭の中ではなく、ユーラシア大陸北部に住むゲルマン民族やパルティア王国のそれぞれの思惑で動く。ゲルマン民族は狩猟民族だからローマ帝国の豊穣な土地の作物を目的としていた…だがしかしなぜアウレリアスの時代に?

2010年12月12日日曜日

すべての道はローマに通ず(下)(第28巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2006年(文庫版) 本体価格:476円(文庫版)
下巻は水道、医療、教育について扱われる。ハードウェアが一部くいこんでいるが、ローマ帝国ではどのような医療と教育が行われいたのかをこの本で知ることができる。想像図としてイラストが挿入されているのもいい。また浴槽のお湯の沸かし方の図などは今後映画やテレビなどを見るときに「実際にはこの下に…」とあれこれ想像するのも楽しいだろう。ヒト・モノ・オカネでオカネは通貨だとすると、ここではヒトの育成方法とモノについて特別に扱われた本ということになる。エピソード的なものも挿入されているが、圧巻はやはり4色の写真の折込だろう。なぜゆえに水を高いところで流していたのかという理由やローマ亜鉛滅亡説などを排除する根拠も知ることができる。

すべての道はローマに通ず(上)(第27巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2006年(文庫版) 本体価格:476円
ローマ人のインフラについては26巻までもおりにふれて著者は説明しているが、この27巻ではハードウェア(街道や橋、水道など)を中心に折込ページなども交えて、ローマのインフラについて解説してくれている。各種地図も見やすく配置されているほか、地図そのものも、26巻までと同様に種々の工夫をこらして見やすいように加工されている。世界史関係の書籍だと人名や家系図、地理関係がわかりにくくて途中で投げ出してしまう可能性もあるが、このシリーズでは図版が豊富に記載されているので非常に読みやすいし、理解しやすい。文庫版178~179ページではアルプス山脈をはさんで街道の高度が比較検討されている図版が掲載されており、自然状況にあわせて柔軟に街道建設工事をおこなっていた様子がビジュアルに理解できるようになっている。ローマ時代の旅行者がどのような地図や水筒を持ち運んでいたのかもイメージしやすいエピソードも記述。

賢帝の世紀(下)(第26巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2006年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
ハドリアヌスはローマ帝国を視察し、ユダヤの地に第10軍団基地を置き、「アエリア・カピトリーナ」と命名する。また美少年アンティノーにまつわるエピソードも紹介されている。そしてユダヤ民族は反乱を起こす。アッシリア、バビロニア、エジプトによって離散させられた経験をもつユダヤ民族だが、ハドリアヌスの時代にまたエルサレム居住が禁止され、再びこの地に戻るのは20世紀の話となる。そして「慈愛」の皇帝アントニウス・ピヌスが皇帝へ。常に言動の品位と穏やかさを保ちつつ、定刻の運営に堅実にあたる。

カエルを食べてしまえ!(ダイヤモンド社)

著者:ブライアン・トレーシー 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2002年 本体価格:1200円 評価:☆☆☆
タイトルだけだと「え?」という感じだが、実際の内容は一種の自己啓発。ただしきわめてオーソドックスな内容で、朝のうちに計画を立案し、実行していくというもの。特に一番気が重いものから整理していくという手順をふんだ仕事を推奨。「カギとなることに専念」「やるべきことを書き出してみる」というのは無意識にはしているが実際にはあまりできていない。目標や動機付け要因などは頭の中ではグルグルまわるだけだが、実際に書き出してみるとけっこう整理されてきたりするもの。この本はけっこう評判がいいらしく、購入したのは2006年14刷。ともすれば後ろ向きになってしまうのが人間のサガだが、前向きに何か取り組みたい、特に割りとしょうもないことで…というようなときに役に立ちそうな本。

賢帝の世紀(中)(第25巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2006年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
複雑で、かつ気難しい面もあった皇帝ハドリアヌスの時代となる。ギリシア文明と狩猟を趣味としていたこの皇帝は、法務官、執政官をへて、若干不遇の時代をへてから、皇帝へ。就任直後、4人の有力者を殺害、汚点となる。ここで著者は「力量」という言葉を用いているが、個人のモラルと君主のモラルは異なる旨の断り書きを入れている。定刻内の視察旅行などを含めて自分自身の目で確認して政策を実行。巧みな政治で軍事費の縮減にもつなげていく。ルールの厳守と軍人ではヌメルスという一種の期間軍人制度を採用。さらにブリタニアには有名なハドリアヌスの防壁を築く。夢を見ると同時に現実妥当性のある政策を打ち出していく。さらにローマ法の再構築作業に乗り出す(後にユスティニアスによるローマ法大全につながっていく)。

賢帝の世紀(上)(第24巻)(新潮社)


著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2006年(文庫版) 本体価格:476円(本体価格)
ネルヴァの短期政権を受け継いだ属州出身のトライアヌス。カエサルのモデルに従い、属州を取り込んで一大共同体を作り上げていったトライアヌス。育英資金制度の設立、本国農業の振興に取り組み、これまでの皇帝と同様に有能なブレーンであるリキニウス・スーラをそばに置く。ダキア地方の安定化を望み、戦闘後にダキア帝国を滅亡させる。かくしてトライアヌス帝の時代にローマ帝国の領土は最大となる。また公共事業にさいしては建築家アポロドロスを登用。トライアヌス橋を建立。公共事業にもまい進していく。かなり怒涛の勢いで政治を行うが、紀元117年に死亡。混乱が多かった時代を乗り越え、再び中興の祖となる。この中興の祖が属州出身という周辺から登用された人材だったことが興味深い。

文房具を楽しく使う ノート・手帳編(早川書房)

著者:和田哲哉 出版社:早川書房 発行年:2010年 本体価格:680円
どうせ使うのであれば楽しく使おう…という筆者の発想に共感。ロディアのメモにせよモレスキンの手帳にせよ、値段はやや高いが高いなりの使いやすさがある。やはりメモはロディアである程度内容にまとまりのあるものについてはモレスキンかミドリ手帳。無印良品のメモやノートも捨てがたいし、ニーモシネのA4判の横書きレポート用紙は個人的には必需品。ヨコに長くかけるのでマインドマップなどもコレトを使って楽しく手軽に書ける。さらにはミシン目にそって、メインドマップを切り取ることも容易に。第一次的メモについては無印良品・ニーモシネ・ロディアの併用もおこない、第二次的なまとまりのあるものについては、無印良品・モレスキン。スケジュール管理は整理手帳といったところか。全部ロディアにそろえたいが、文房具屋さんでは入手できないときにはまず書けることを重視するべきではないか、とも思う。会議のときにアクセサリーなどを眺めていたらご法度だが、文房具をさらっと並べているのは趣味がいいっていうことにもなると思う。けっしてきらびやかな世界ではないのだけれど、ほんの少しの贅沢と便利さを味わえるという意味では奥の深い文房具の世界を紹介してくれている。

危機と克服(下)(第23巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:438円
ユダヤ人の娘に恋をし、しかし結婚は許されなかったため独身を貫いた皇帝ティトゥス。ボンベイの噴火などの事件もありつつ、疫病対策なども講じる。しかし紀元81年に41歳前に病気で死亡する。その弟ドミティアヌスが皇帝に就任し、ネロに続いて記録抹殺刑に処されることになる。ドミティアヌス競技場やネルヴァのフォーラムなどの公共事業を手がけ、「リメス・ゲルマニクス」とよばれるライン河とドナウ川の間を走るシュヴァルツヴァルトに一種の防壁を築く。こうしてみると兄ティトゥスよりも軍事経験では劣るが、公共事業というインフラ、そして安全保障大作など最低限の施策をドミティアヌスはおこなっている。地方自治における属州総督の不正も厳しく監査した。またダキア戦役ではそれなりに奮闘し、ローマ兵の救出にあたるが、その救出策で、市民の不評をかい、暗殺される。そして一応五賢帝のうちの一人とされるネルヴァがショートリリーフとして登場。1年4ヵ月後に病死し、トライアヌスが皇帝に就任する。初の属州出身の皇帝だ。

危機と克服(中)(第22巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:438円(文庫版)
ガルバから始まるオトー、ヴィテリウスの短命政権の間に、ローマ帝国周辺地域で反ローマの機運が高まる。ブリタニア、ライン河防衛ライン、ガリア地域のバタヴィ族の反乱。ついには一時ガリア帝国なるものまで設立される(約半年で崩壊)。さらにネロの時代にも問題となったユダヤ戦役も勃発。当時のヴェスパシアヌスがユダヤ戦役を鎮圧するが、そのときヨセフスというユダヤ人を手元に引き取り、そしてブリンディシに上陸する。ムキアヌスという貴重な支援者とともに皇帝権の明文化に着手する。皇帝法のこの制定により権力の正統性はまず担保され、権威も付着する。今なお観光地として名高いコロッセウムをたて、公共事業にも取り組む。息子とともに財務官に就任し、国勢調査をおこない税収の確保を図る。かくしてローマの平和と秩序は一応ヴェスパシアヌス皇帝とその息子ティトゥスの力でなされたかのように「見える」…。

危機と克服(上)(第21巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:400円
皇帝ネロが自殺してから直後、ローマを支配する皇帝の力量や正統性が課題として浮上。ヒスパニアの属州総督ガルバはアウグストゥスとの血縁関係はないが、力量という点で欠けるものがあった。まずは自分自身をサポートするスタッフの人選を誤り、さらには財政政策でも誤りをおかす。さらには自分のライバルとなりうる人間を「左遷」し、軍団の支持を失う。その結果、ガルバは暗殺され、オトーが皇帝に就任する。ただしこのオトーも、ヴィテリウスをはじめとするライン軍団の支持がなく、自殺に追い込まれ、ヴィテリウスが就任。しかし負けたオトーの軍団を恥辱にまみれさせたため、深刻な内部分裂の事態を招く。ヴェスパシアヌス皇帝が誕生するが、その政権交代のなかローマ市内で市街戦が発生する。ムキアヌスという人材を得てヴェスパシアヌス皇帝の時代が始まるが、この最中、暗殺されたガルバ、オトーは自殺に追い込まれ、ヴィテリウスは内戦後テベレ河に投げ捨てられるという3人連続の短命政権が続いた。ヴェスパシアヌス皇帝はこの危機と混乱をいかに克服していくのか…、というあたりで見事に文庫版は「続く」となる。実際にはそれぞれの皇帝のエピソードが細かく著述されるほか、タキトゥス史観ともいうべき「五賢帝」時代に著者は疑問も投げかけているのだが、「正統性」「権威」「権力」のバランスがいずれも悪かった3つの帝政。そしてその反省をいかに活かせるかは、実際には世界史の教科書を開くとトライアヌス帝まで待たなくてはならない。ただしデジタルにきっちり五賢帝時代始まる、というわけでなく、皇帝ネロ、もしくはカリグラから始まった暗愚の時代から、いかにして組織が統一性を回復していったか、というモデルケースにはなるはず。平時であれば優れた軍人あるいはリーダーともなりえた人材が、この時代ではすべて失敗したのだが、それは一つには情報の不足や相手に対する敬意、市民の支持といった人間に対する共感能力の欠如があったのかもしれない。実際に発生した政権交替の歴史であるがゆえに、今の時代にも示唆に富む「危機と克服」の第1巻となる。

2010年12月11日土曜日

悪名高き皇帝たち(四)(第20巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:438円(文庫版)
もっとも知名度が高いローマ皇帝というと映画化されたり、残虐エピソードが誇大に一人歩きしたりでやはりネロだろうか。ただ、外交面では、前任のクラウディウスの失策をカバーし、有能なコルブロを起用し、アルメニア王国にパルティア王国国王の弟をすえ、東の脅威とも同盟関係を結ぶ。さらにクラウディウスが行った秘書官制度も廃止。野心的な女性として描写されるアグリッピナとも良かれ悪しかれ縁を切る。経済発展にともなうローマ通貨の価値の切り下げ(切り下げた分だけマネーサプライが増加する)し、経済政策もまあまあ妥当。ただしアウグストゥスの血縁であるオクタヴィアを離縁したあたりから、ローマ市民の人気が低下していく。さらにローマが大火に襲われ、14の行政区のうち10の行政区が大損害を受ける(これもネロの仕業といううわさが広まる)。さらにさらにドムス・アウレアと称する一種の環境をめでる建築物の計画が、市民の人気をさらに下げていく。案外、それほど悪い皇帝ではなかったのだが、就任したのがいかんせん16歳という年齢で、しかもギリシア語をはじめとする知識や教養も備え付けてはいたのだが、その「資質」を活用することができずに終わった。とりあえずは「皇帝」にはなったのだが、その後の業績がともなうことなく人気だけが出て、最初のうちは業績がでたものの次第に資質が活用できないまま沈滞していったという様子。若さゆえ、という理由はあるにせよユダヤ民族には反乱の機運が高まり、ガリア地方でも反乱が発生、そしてローマ市民の食材の代わりに競技場で使う砂を運んできたあたりで市民の怒りが爆発。ネロは「国家の敵」と元老院から位置づけられるに到る…。

悪名高き皇帝たち(三)(第19巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
普段は文庫本には、ユナイテッド・ビーズのブックカバーをかけている。が、この「ローマ人の物語」(文庫版)については、ブックカバーなしでも十分お洒落。しかも目立たないが存在感ずっしりの装丁。表紙にはローマ貨幣が印刷され、文字は灰色に赤色と白抜きのシンプルなもの。墨の文字には赤い縁取りがさりげなくほどこされているのもお洒落。しかもコインの種類はすべて異なり、その解説は本扉に印刷されているという懲りよう。単行本では「ローマ人の物語」がメインだったが、文庫版ではサブタイトルを背に大きく印字したのも効果的。本棚から選ぶときにも選びやすいという効率性があるが、この効率性こそがローマ人の特質だった…ということで著者の趣旨が見事に反映された装丁ではないかと思う。さて、この巻では暗殺されたカリグラのあとを継いだクラウディウス。野球でいえば、楽勝ムードで展開してきたところ、一気に先発投手が崩れて、中継ぎに急遽登板といった感じ。政治でも非常にやりにくいタイミングで登板したクラウディウス帝だが、各種の歴史映画などでも「優柔不断」などのレッテルを貼られ、あまりいいイメージがない。それを著者は若干角度をかえて著述する。ただし「リーダーには不可欠な条件である何かが欠けていた」(39ページ)という条件付で。ドルイド教の司祭たちのブリタニア、ユダヤ人、北アフリカでの反乱さらには、市民との壁を作る秘書官システムの構築、プライベートな部分でのスキャンダル。しかし国勢調査や後にローマ帝国をカバーする郵便制度確立を手がけ、オスティアの港湾工事やカリグラから引き継いだ水道工事二本の完成などの公共事業もおこなう。しかし紀元54年、キノコ料理を食べた後に突然の死亡。そして養子のネロが遺言状の文言を「たて」にして皇位につく…。カエサルのパフォーマンスぶりと比較すると明らかに地味だったクラウディウス。著者はパフォーマンスも必要だったのではと指摘するが…。

2010年12月10日金曜日

悪名高き皇帝たち(二)(第18巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
中学生のときに「幻魔大戦」シリーズにはまってしまったが、考えてみると自分はシリーズ物に弱いのだ。ヒマさえあれば「ローマ人の物語」シリーズを読み、朝はエスカレータの中、さらには帰宅途中の健康サウナのリラクゼーションルームでも「ローマ人の物語」。理由はあるが、やはり面白いの一言に尽きる。健康ランドのリラクゼーションルームでローマ人がお風呂好きだったという話を読むと、なるほどなあとつくづく思う。効率的で、さらには実学的な生き方で、しかし人生をほどほどに楽しむとなるとお風呂が最高のエンターテイメントってことになる。
さてこの18巻ではカプリ島からローマ帝国を遠隔操作したティベリウスの後世と、わずか3年半で殺害されたカリグラが取り扱われる。一般に流布しているイメージを著者は実証的に覆してみせるが、さすがにカリグラについては文字通り「悪名高き皇帝」とするしかなかったようだ。アウグスティヌスの血を引く25歳の若者だが、養子にしていたゲメルスを殺害、最高神ユピテルとの同化による神格化、剣闘士試合と戦車競争の解禁、競技場の創設、4人の女性との結婚、国家反逆罪法による死刑、アレクサンドロスで発生したギリシア民族とユダヤ民族の対立、そしてテロ。近衛大隊や元老院階級を敵にまわして最後は妻と娘とともに殺害されるという顛末だが、著者は興味本位の話題や根拠のないエピソードを排除するためか、カリグラについてはあまり触れずに18巻が終わる。国家財政の破綻や外交問題の処理の失敗…というだけでテロにあったのでは浮かばれまい。カリグラがなぜそうなったのか、は次の皇帝となるクラウディウスと対比して「理由」が読者には想像できるように配慮されている。

2010年12月8日水曜日

悪名高き皇帝たち(一)(第17巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:438円(文庫版)
現代の政治家は大変だ。24時間のほとんどをマスコミに監視され、さらには新聞記事やテレビの画像、ウェブで種々の行動を報道される。それがプラスになる政治家もいればそうでない政治家もいるのだろうけれども。ローマ時代の皇帝の風評はおそらく今よりもはるかに遅く、しかし着実にクチコミでローマ帝国内をかけめぐったに違いない。なかにはウソも混じっていたのではないかとは思うけれども、側近や近衛軍団の兵士の何気ない会話からさまざまな階層へ人格や行動が伝わっていく。そしてそれが歴史となって現代に至るわけだが、この「悪名高き皇帝たち 一巻」でもそうした悪名高き皇帝のうちの一人ティベリウスがとりあげられる。ただし著者はティベリウスの行動を検証していくうちに、「それほど悪い皇帝ではなく、むしろやるべきことを着実にやった皇帝ではないか」ということを論証していくのだが。クラウディウス家という名門にうまれたティベリウスだがアウグストゥスにとっては養子。つまり血縁関係は「ほとんど」ない。しかしローマ帝国はダキアを除いてほぼ最盛期の国土を配下におさめている。55歳にして帝国のトップにたったティベリウスは、かなりシブシブといった感で皇帝におさまるが…。元老院と市民への誠意に満ちた対応はかなり率直で正直だ。ティベリウスの息子ドゥルーススやゲルマニクスも反乱鎮定のために帝国内を走り回る。公衆安全、緊縮財政、ゲルマニアからの撤退、そしてライン河防衛ラインとパルティア王国を脅威とするオリエント問題の安定化、さらにはドナウ川防衛ラインの策定に取り組む。外交問題と安全保障問題についてはかなり尽力したものの、その最中にゲルマニクスとドゥルーススを失い、カプリ島に隠居するまでがこの一巻では取り上げられている。北アフリカなどでも反乱が発生したのだが、それを鎮圧することでアフリカ政策の基本も確立したのだ。ティベリウスという人は確かに「皇帝」という立場にありながら「市民の代表」「元老院に対する誠意」を貫いた政治家であったようだ。

2010年12月5日日曜日

パクス・ロマーナ 下巻(第16巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
一種の統治の天才アウグストゥスの58歳から77歳までの人生後半期の描写。これまではカエサルをはじめとしてスキャンダルとはいっても政治の「核」の部分が不安定だったので、それほどのスキャンダルはない。が、帝政ローマ帝国のなかではまずアウグストゥスの政略結婚に利用されまくった娘ユリアのスキャンダルが発生する。また血の継承にこだわるアツグストゥスは、孫のrキウスとガイウスの二人を失い、ティベリウスを養子に迎える(ティベリウスは一時引退、その後復帰)。ティベリウスの実の父親はカエサルとポンペイウスの内乱時には元老院の側にたった人物だったが、そうした因縁は帝政ローマの時代では見事に遺恨を残さない人事が適用されている。ただしティベリウスがアウグストゥスの養子になると同時に、ティベリウスの養子として、アウグストゥスの弟の息子(甥っこ)であるゲルマニクスを迎えることになる。ローマ全軍の指揮権そのものはティベリウスは保有していなかったが、西方ゲルマニウム地方の征圧にゲルマニクスとともに向かうことになる。ゲルマニアでの戦いのなかでローマ帝国の防衛線はエルベ=ドナウではなく、ライン=ドナウに定着していく。そして紀元14年、カエサルが切り開いたローマの芽を見事に育てたアウグストゥスは77歳の人生を終える。

パクス・ロマーナ 中巻(第15巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
初代皇帝アウグストゥスの45歳から57歳までの時代を取り扱っている中巻。少子化対策をおこなうとともにカエサルの施策にヒントを得たローマ市民権の強化、さらには「家族」を単位とした国家編成に乗り出していく。また多神教のローマで宗教の再興に取り組み、最高神祇官に就任。質素で健全、さらに壮麗な社会整備に乗り出していく。文庫本48ページにプトレマイオスの世界地図が掲載されているが、現在の世界地図ともさほど変わらない正確さで地理が記載されており、ゲルマン民族やガリア民族などの統治や防衛戦略もこの地図をもとにして立案していったものと思われる。軍事戦略も地図上に見事に展開され、106~107ページの地図を見ると、ローマ帝国の海軍基地や軍団基地が陸海ともに合理的な配置をみせていることがわかる。そしてアウグスティスは55歳になる前に、これまで自分を支えてきたアグリッパ、ドゥルースス、マケエナスの死とティベリウスの引退という事態に直面する…。