2009年5月31日日曜日

刑事と民事(幻冬舎)

著者:元榮太一郎 出版社:幻冬舎 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 刑事事件と民事事件の違いや行政訴訟など各種の訴訟事件の分類から始まり、刑事法と民事法の解説、そして「犯罪は刑法だけではカバーできない」など新書サイズで面白いエピソードが多数掲載されつつ、しかもページをめくるごとに内容が深くなっていく。法学部の学生はもちろん法学部出身以外の社会人が読むのにも適切な一冊だと思う。形を変えた「法学入門」だから個人的にはすでに学習済みの項目も当然あるのだが、説明方法が著者のオリジナルなので他の法学入門で理解したのとは違う視点で法律の全体像をとらえることが可能。視点を「ずらす」と理解が深まるという「実感」が味わえる本でもある。著者は30代の現役弁護士だが、「刑事訴訟をちらつかせて民事訴訟…」などリアルな交渉方法も紹介。さらに第4章では日常生活でよくあるトラブルの解説をしてくれているので、労働基準法や独占禁止法などについて差し迫った理解が必要な場合に本書を手にとって見るのも悪くないと思う。法律だから当然法改正があり、この新書もいずれは法改正とともに改訂するか、あるいは別のタイトルでまた新刊を出すことになるのだと思うが、今後さらに別の「入門書」もぞくぞく出して欲しいと思う。まだまだこれからさらに多種多様な著作物が期待できる若手弁護士の「面白法律入門新書」。

看守眼(実業之日本社)

著者:横山秀夫 出版社:実業之日本社 発行年:2007年
 横山秀夫のミステリー(というか人間ドラマ)は密接な描写とリアリティでとても面白い。映画化された作品が「震度0」「クライマーズ・ハイ」「出口のない海」と多いのも人間模様が絵空事ではなく、地に足がついたものだからだろう。「看守眼」も定年間近の看守、フリーのライター、裁判所の離婚調停委員、警察署のサーバの管理者、地方新聞整理部のベテラン記者、地方自治体の秘書課課長などと重要な社会的ポジションではあるものの普段はその生活や人間像を想像しにくい職業まで緻密に描写されている。著者自身がもともと新聞社の記者だったからかもしれないが、それぞれの職業の些細な仕草や感情の描写からストーリーに引き込まれていく。
 「相手の懐に飛び込む」というアドバイスをある場面で先輩が後輩にする場面がある。なんとなくこの年齢になると、わかる。予定調和どおりにはなかなか人生いかないし、思い通りにもいかないことがある。この小説の主人公たちもすべて「予定通り」にはいかなかった「場面」に遭遇した人物だちだ。だが、そこで「相手の懐にとびこんでみる」ことができるかどうかが、結果の良し悪しを分けたように思える。

2009年5月26日火曜日

理解する力(アクタスソリューション)

著者:フランクリン・コヴィー社特別編集 出版社:アクタスソリューション 発行年:2008年
 「言葉でなければ伝わらない」というのが当たり前なのだが実は「言わなくてもわかってくれているのでは…」と思い込みたくなるのが人情。しかし人間の心のあり方や感情などはたとえ本当の思いの10パーセントしか伝わらなくても言葉がやはり大きな比重を持つ。メールのやりとりは便利なのだけれど「言葉」に付随するノンバーバルな情報が実は伝わらない。メールをきっかけにして破局が訪れるのはおそらく真意とほどとおいやりとりがデジタルに伝達されるからだろう。でもやっぱし「言葉」しかないというのが難しい…。「問題を相手の立場からみる」「小さな親切」といったなんでもないことでも相手を理解するのには非常に役立つし、逆に自分を理解してもらうにも役立つという趣旨の本。本来は5番目の習慣で、やはり大きな意味では第2ゾーンの相互依存の領域で発揮する習慣だ。和田秀樹先生がよく主張されているコフートの「甘えの理論」などもこのジャンルに属するスキル(あるいはノウハウ)ということになるだろう。理解することも理解されることも、非常に難しい。でもやはり言葉の力に頼って理解してもらうことしかない。

協力する力(アクタスソリューション)

著者:フランクリン・コヴィー社特別編集 出版社:アクタスソリューション 発行年:2008年
 「信頼残高」を重視する本を出していたアクタスソリューションが最終的には清算型の自己破産という形で債権者の信頼を裏切ったのは残念。とはいえこの本は現在はキングベアー出版があとを引き継いでいる。この本のメインは「相乗効果をいかに発揮するか」というチームワークの視点。個々の重要課題を片付けていく力などがある程度確立されたら、次は組織全体で個々の能力や特色をいかに組み合わせてシナジー効果を発揮していくのかという視点にうつる。一人でできることは限定されているので、当然の流れだが、こうしてみると自己啓発本の古典といわれている理由もだんだんわかってくる。この「7つの習慣」のビジョンの共有などのテーマはそれだけで一冊の自己啓発になるほど多数の書籍になっている。が、それをバラバラに読んでいくよりもフランクリン・コヴィーの体系にあてはめて考えていくとバラバラだったものがそれなりにシステマチックに理解できるようになっている。新しい結果や新しい可能性を見つけ出すためにはどう考えて習慣にしていくべきか…というこの視点もまたフランクリンの趣旨にそう形で他の著者の本ともリンクさせておさえることができるのがメリットか。長く売れて、長く読まれている本にはやはりそれなりの長所が多数あるものだ。

2009年5月25日月曜日

相手を尊重する力(アクタスソリューション)

著者:フランクリンコヴィー社特別編集 出版社:アクタスソリューション 発行年:2008年
 アクタスソリューションが自己破産してなかなか入手しにくい本になる…と思っていたらやや価格が上乗せされた形でキングベアー出版から再び発行されている。アクタスソリューション版では1冊あたり480円だったが、確かに装丁や紙の値段などを考慮すると価格が安すぎたのかもしれない。
 さてこの本では「第4の習慣」である「相手を尊重する力」では比較と競争ではなく相互に信頼関係をもち成熟した人格でwin-winの関係を維持する重要性が説かれる。確かに競争だけだと非常に会社でも「あそこはえげつない会社」という噂がたち、長期的にはメリットは少なくなる。実際身近にも「あれじゃ火事場ドロボー」とまであちこちで陰でいわれる会社もでてきたので、やはり相互のメリットになるような最善策を営利を追及しつつめざしていくのが本来のビジネスのあり方ではないかと思う。こうした形式の読みやすい本が版元をかえてまた再発行されているのは嬉しいかぎり。キングベアー出版さんもなかなか目のつけどころのいい版権譲渡と出版にふみきられたと思う。

実行する力(アクタスソリューション)

著者:フランクリン・コヴィー社特別編集 出版社:アクタスソリューション 発行年:2008年
 「7つの習慣」そのものは自己啓発の古典とされているがいかんせん分厚いので最初から通して読むのがややうっとうしい。段階的に編集されているとはいうが、「本当に7つだけなのか?」「なぜ習慣なのか?」などと色々余計なことを考えてしまう。身近に「7つの習慣」を読んで実践している人がいないというのもあって本棚には飾りっぱなしだった。が、自己破産したとはいえこのアクタスソリューションの「7つの習慣クイックマスターシリーズ」、企画は悪くないと思う。価格が480円なのはちょっと「?」だが、7つの習慣をそれぞれ1冊づつばらばらにして、この第3の習慣に相当する部分では、「重要事項を優先する実行する力」について解説してくれている。緊急ではないけれど重要なこと、緊急で重要なこと…というマトリックスをもう少し実生活でも活用したほうがいいのかもしれない。なにか具体的なタスクが明示されていれば実行可能性も高くなるし、抽象的な話よりもわかりやすい。ただ約7億円の負債で自己破産を申請したということでこのシリーズはなかなか入手しづらくなっている。古書店などで見かけたらたとえバラバラででも買っておいて徐々にそろえていくという作戦がいいのかもしれない。

男の隠れ家を持ってみた(新潮社)

著者:北尾トロ 出版社:新潮社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
 まさか「天下の新潮社」がこうしたある意味では売れそうもない、さらに何もドラマティックなことがおきない中年男性のアパート暮らしを発行するとは思ってもみなかったが、読んでみてわかったのは何もないことが淡々とつづられているがゆえに実はとてつもなく面白い本になっているということ。担当編集者や営業などでもなんらかの会議がもたれたのではないかと推測するが「何も起きないってけっこう新しい」ということになったのではないだろうか。これまで地域に密着していた(個人的にもなじみの深い西荻窪)を離れて、独身時代を含めてまったく縁がないA区のアパートを借りての二重生活。そこで夢みたのは、ペンネームや職業を離れた別のコミュニティだった…。が、著者はまずお酒が弱いという難点があるうえに賭け事に熱中するタイプでもなく、さらに中年男性必須のテーマである「プロ野球」にもほとんど興味も知識もない。さらには「セックスには淡白」という告白もあり、シモネタも基本的に苦手。ということで居酒屋に入っての会話に挑戦するくだりはなかなか読者としてもスリリングな展開だ。世間的に「プロ野球」や「天気」の話題というのは政治も宗教もからまないのでまずおさえておくべきアイテムだがそのスキルがないのだから、当然当初の計画は難航する。そのうち新しい環境よりももとの自分の環境のほうでさまざまな問題が逆に発生してくる…。
 「効率性」とか「計画性」といったものがまるでないこういう企画、個人的には大好き。もともと「裏モノLAPAN」に連載されていたものがこうして文庫本にまとまったわけだが、通読してみるとやはり「意味」はない。ただし日常生活をたんたんと真面目に生きること、うすっぺらな好奇心では生活なんてできないこと…なんてあたりまえのことかもしれないが、その日常的な「あたりまえさ」が再認識できるという仕組みになっている。けっしてベストセラーになるような本ではないが、平成の一つの時代を切り取った「実験」として息の長いロングセラーになって欲しい本。

2009年5月21日木曜日

ビタミンF(新潮社)

著者:重松清 出版社:新潮社 発行年:2000年
 30代後半から40代半ばまでの中年男性を主に扱った7つの短編集。直木賞受賞作品だ。「世代のズレ」というのは常にある。自分が10代や20代のときにはやはり30代、40代との価値観のズレを大きく意識したし、現在でも50代、60代の価値観とは相容れない部分が多い。といって現在の10代や20代とも価値観が共有できているわけではない。迷いが生じて、しかもしんどいというのがこの30代~40代の世代で、しかもバブル景気とデフレ不況という極端な時代を2つとも経験している。バブルで入社して土地の値段が高いときにマンションを購入していれば今ではやはりローンの支払いに苦しんでいるはずだし、そうでなくとも再びやってきたサブプライムローン不況でリストラの憂き目にあう。しかし自分の子供や次の世代に対しては責任を負うとともに上の世代はもう引退の時期だ。子供もしんどいが大人もしんどい。そんな時代に前を向いて歩くのにはなにかとエネルギーが必要で、そのエネルギー源になってくれるのがこういう小説だろう。一見ありふれた日常生活を扱っているようで、実はその根は深い。だれにも経験があるであろうお金の問題、子供の問題、そして自分自身の現在と過去と未来の問題。7つの短編集の主人公はいずれも別人だがいずれも読者のそれぞれの7つの部分を反映した一人の人間の心象風景でもあるだろう。読み終わったらきっと、「ま、しんどいけど、頑張ってみるかな」といったちょっと漸進できるような気分にさせてくれる短編集だ。

2009年5月12日火曜日

本田式サバイバル・キャリア術(幻冬舎)

著者:本田直之 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 評価:☆☆☆
 「不況が大好き」という著者は、切羽詰まったり、矢面にたったりという経験をバネ(リバレッジして?)パーソナルキャリアを積み上げるという手法を積み重ねてきた。その数々の経験則から導き出された法則を紹介してくれている本がこの本だ。どうしてもマイナスの状況になるとネガティブな発想となり縮小再生産に陥りがちだが、そこをいかに拡大再生産にもっていけるかがポイントとなる。自分がとりかこまれた状況を把握し、恐怖にうちかち、限られた状況でいかにベターな選択肢をとりうるか…といった観察・分析・行動という科学的な行動を提唱する。「お金を払ってでも働きたい会社」をめざすことがまずパーソナルキャリアの積み上げに重要と考える著者は目先の給料や福利厚生よりもサバイバビリティを養成してくれる場所を探すことを重視する。それはそれで一つのやり方だがよほどの強靭な精神力がもとめられる。だが…安定して柔らかい雰囲気に囲まれて10年間過ごすよりもおそらくサバイバビリティを磨き続けた10年間は、確かにその後病気やリストラといった運命にであっても状況把握とベターな行動の模索ができるに違いない。

2009年5月3日日曜日

方向を見定める力(アクタスソリューション)

著者:フランクリン・コヴィ・ジャパン 出版社:アクタスソリューション 発行年:2008年 評価:☆☆☆
 「七つの習慣」といえば自己啓発本のいわば定番中の定番だが、あのぶあついページをいきなり読むのには非常に抵抗感がある。また自己啓発本については個人的にもかなり「用心」している部分があるので、いきなり原典を読むと「???」ということにもなりかねない。そこで7つをそれぞれ1つづつに分解して解説してくれた本がこの「7つの習慣」クイックマスター・シリーズ。いわば原典の「要約」といった感じだが、価格が定価480円と安いのも嬉しい。「習慣化」していいことをしていこうという趣旨は賛成。また「成長の連続体」というモデルが掲載されており、「目的を持ってはじめる」という第2の習慣について解説してくれている。依存的な生き方から自主性をもって意思決定をし、さらにミッション(というかなるべく長期的でしかも大きな目標)を定め、そして重要事項から片付けていく習慣をつけたところで、「自立」するわけだが、さらにこの7つの習慣では「自立」したあとに相互に助け合う…というチームワークまで盛り込んでいるところが興味深い。エゴイスティックなビジネスパーソンではなく、最終的には社会的にメリットを還元できるような高いレベルまでの自己啓発を考えているようだ。この本ではミッション・ステートメントの設定方法について著述されているのだが、フランクリン・コヴィの考え方に共鳴するかしないかは別として、少なくとも「大きな目標」から「小さな課題」までブレイクダウンしていくとともに、目先の目標〈年収とか利益とか)ではなく、自分にとって一番大事な目標に向かって邁進するべき…という示唆を得たのは大きい。自分のお葬式を想像してみる、という方法も確かにミッションを自覚するにはいい方法かもしれない。好き嫌いは読者によってでてくるとは思うが、この「第2の習慣」については納得できる部分が個人的には多かった。

会社に人生を預けるな(光文社)

著者:勝間和代 出版社;光文社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 タイトルはあくまで著者のイイタイココトの半分だけを強調しているだけであって、リスク・アプローチが的確に出来ているのであれば会社に人生を預けたっていい…という結論にも当然なりうる。ただ、標準偏差(結果のバラツキ)をある程度個人で「なるべく」合理的に見積もって、最悪と最善のちょうどそのバランスを考えて行動していくように、そうすればもっと効率的に生活を送ることができるのではないか…という提案である。株式投資やFX投資にしても最悪と最善のその確率分布をある程度想定できていれば短期的な時価の変動にまどわされずにすむし、就職活動にしても労働にしても最悪の確率と最善の確率で一種の「期待値」さえしっかり見積もれてさえいればそれで楽ができる…という発想になる。
 ま、自分個人の場合もある程度リスクを見積もってきたつもりだったが、それでも現実がその想定の範囲外になることはあることはある。ただ最悪と最善の見積もり幅さえ自分なりに確定していれば気分的にも楽になる。心配しすぎても生活は辛いし、楽観的過ぎてもおそらく不意の災害には耐えられない。限界のある中である程度合理的にさえ行動できるのであればそれでいい…という筆者の割り切りは非常に好ましい。ただタイトルのつけ方はもう少し編集者の側で考えたほうがいいような気がする。サブタイトルのほうがむしろ内容を正確に表現しているような気がしないではない。新卒や社会人、学生にもお勧めの内容。